ノルウェーにできて、なぜ日本にできないのか
暴走中国に毅然と「ノー」

「ここ10年ほど、ノルウェーの仲介外交は世界の注目を集めています。

 ノルウェーはじめ北欧の人にとっては、自由・人権や民主主義は社会の根幹をなすもので、それが世界規模で広がっていくことがよりよい世界に繋がると信じている。

 グアテマラ、スリランカ、パレスチナなど、経済的、政治的に利害のない国にも、平和のための仲介外交を行っている。今回も、中国が反発すればするほど自分たちの主張がアピールでき、より注目されるものと思っていますよ」(ノルウェー外交史が専門の東海大学文学部・池上佳助准教授)

 世界の暴れん坊、中国に「お灸」をすえる国が現れた。北欧の人口480万人の小国・ノルウェーにある「ノーベル賞委員会」は、今年度のノーベル平和賞に中国の人権活動家・劉暁波氏(54歳)を選出した。

 劉氏は作家・詩人で、アメリカ・コロンビア大で客員研究員などをしていたが、'89年の天安門事件でも指導者の一人として活躍、その後たびたび投獄されたが国内に止まって民主化運動をつづけ、'08年には三権分立と民主政府の樹立を提唱した「'08憲章」を起草したが、国家政権転覆扇動罪で懲役11年の実刑判決を受けた。筋金入りの「闘士」である。

 ウラを返せば、中国の政府当局にとって目の上のたんこぶ的存在ということだ。

 案の定、中国側はノルウェーに猛烈な「嫌がらせ」を開始した。

 上海万博視察のため訪中していたリスベス・バルグハンセン漁業沿岸問題担当相は、10月13日に中国漁業省の副大臣と面会する予定だったが、突如理由なくキャンセルされた。

 また、同漁業沿岸問題担当相が予定していた中国・食品安全当局幹部との会合も「中止」を通告されたという。

 閣僚レベルの会合だけではない。民間の文化交流まで、突如中断させられたという。

「ノルウェー閣僚との二つの会合がキャンセルされ、さらに来月開催される予定だったノルウェーの文化イベントがキャンセルされました。モダン・オペラの上演を含む、一大イベントだったんですが」(ノルウェー国際研究所のヤン・エゲランド所長)

 このイベントで上演される予定だったミュージカルの作曲者兼イベントディレクター、トーマス・ラングヘレ氏はこう話す。

「このミュージカルは実話に基づいた話で、主人公は12歳の中国人の子どもです。彼は飛行機事故で身体に障害を負ってしまう。もう一人の登場人物はノルウェーのマラソン選手です。彼らは不可能を可能にする。

 今回のイベントが中止されると聞いたのは、12日の朝です。中国国立オペラの幹部から連絡があり、彼は、『このイベントはキャンセルされなければいけない、と政府から言われた。理由は、ノーベル平和賞授賞への罰だ』と言っていました。私は、このようなイベントはノーベル平和賞の授与とはまったく関係がないと思っていたので、非常にショックを受けています」

 しかし、ノルウェーの政府関係者は、中国側の「挑発」を事前に予期していたようで、反応は非常に落ち着いている。

「(会合をキャンセルされて)中国に抗議したか? いいえ。会合のキャンセルはノーベル平和賞に関連していると確信しているが、中国側から明確な理由の説明はありませんでした。ノーベル平和賞の決定は、ノルウェー政府と独立して行われるので、政府として中国に抗議することは不必要だと考えています。

 今回のノーベル平和賞授与が、両国関係に影響を与えるべきではないと思っていますが、中国は我々の考えに同意していません。しかし、これは抗議とは別問題です。

 今後、二国間で関係する分野については、できるだけノーマルな関係で会合を持っていくつもりです。関係を悪化させれば、中国も損をするのですから」(ノルウェー外務省のスポークスパーソン、ラグンヒル・イメルスルンド氏)

正しいことをやっただけ

 ノルウェーは前述のとおり人口480万人ほどで、四国より少し多い程度だ。国土の広さは日本とほぼ同じだから、人口密度はかなり低い。ノルウェーサーモンやバイキングで知られる海洋・漁業中心の国だが、'80年代後半に北海油田が発掘され、石油をヨーロッパ諸国に売ることで非常に豊かになった。

 結果、財政状況は日本と対照的で、GDPの150%分の黒字が積み上がっている。

 ノルウェー人の気質は、平等、正義、公正を重視する原理原則主義者だと、早稲田大学大学院公共経営研究科・福島淑彦教授(北欧・経済専攻)は話す。

「日本人と違って、『臭いものにフタ』という考え方はありません。それぞれに正直ですから、彼らの価値基準に従って人権活動家を選ぶのは、誰に何と言われようと正しいことをやっただけです。

 日本は尖閣諸島の問題でレアメタルの禁輸やフジタ社員の拘束で中国に揺すぶられ、中国船の船長を解放しましたが、あれがノルウェーであれば、どんなことがあっても正しいと考えることをやっていたと思います」

 ノーベル平和賞の選考を支援するノーベル研究所のゲイル・ルンデスタッド所長も、「原理原則に従って選考した」と強調する。

「今年度のノーベル平和賞は史上最多、237名の候補がいました。今回の中国の対応は、中国の国際協定及び中国憲法(特に35条と41条)に反しています。我々はノルウェー政府とは独立した組織で、授賞に当たって彼らと相談したことはありません。もちろん中国からの警告もいっさい気にしませんでした」

 さらにルンデスタッド所長は、国際社会で傍若無人に振る舞う中国を、やんわりと批判した。

「(国際社会で)地位が上がれば、責任も増大します。国際社会は今後ますます中国に対する注目を強めますが、それは同時に批判的に見られることでもあります。中国は、それに備えなければいけません。すべての巨大権力は、かならず批判にさらされることを覚悟すべきです。我々は、中国が国際社会の一員でいるように努めなければいけない、と考えています」

 前出の池上准教授は、ノルウェー政府とノーベル平和賞の関係をこう解説する。

「ノルウェー政府は、平和賞を非常にうまく利用しています。今回の授賞でも、ノルウェー政府が『劉氏を解放しろ』と言っても相手にされませんが、平和賞が与えられれば国際世論が巻き起こりますから。

 現在のノーベル賞委員会のヤーグラン委員長はノルウェーの元首相です。政府は『ノーベル賞委員会と政府は関係がない独立した機関』と言っていますが、それは表向きの話です。ましてや、ヤーグランは現政権を担う労働党の元党首ですからね」

 選考の過程に政府は直接関与していなくても、阿吽の呼吸ということだろうか。

 元ノルウェー大使の河合正男・白鴎大教授はヤーグラン氏についてこう話す。

「私が大使として赴任した'01年当時、彼は外相でしたが、与党労働党の党首として政界での実力はナンバーワンでした。

 非常に真面目な方で、世界の平和外交で活躍された方ですから強い信念をお持ちなんだと思う。私が大使を務めていたころはアフガニスタンなどへの人道援助のために積極的に動いていた。また、スリランカ内戦の平和調停に努力した。そういう意味で、評価すべき人です」

 ヤーグラン氏が首相退任後、ノーベル賞委員会の委員長に就いたのは昨年から。以降、オバマ・米大統領、そして劉氏と、「政治的」な選考がつづいている。

 そしてその選考結果は、ノルウェーの存在感、外交力を誇示する意味でも有効だっただろう。

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