仙谷官房長官の「軽口連発」に霞が関が嗤っている
改革派官僚を人事で脅し国会紛糾

 中国漁船衝突事件で船長を釈放したのは菅直人政権の政治判断だったのではないか、と先週のコラムで書いた。柳田稔法相の「私が釈放を決める前に・・・」という国会失言によって、図らずも真相が漏れた形になったからだが、今度は仙谷由人官房長官の発言が表面化した。

 丸山和也参院議員が仙谷への電話で「船長は訴追され判決を受けてから送還されるべきだった」と語ると、仙谷は「そんなことをしたら(11月に横浜市で開かれる)APEC(アジア太平洋経済協力会議)が吹っ飛んでしまう」と答えたというのである。この話は丸山が国会質問の中で暴露した。

 いやはや。こうなると、もはや「釈放は地検の判断」などという政府の公式説明を信じる人はだれもいない。

 隠すなら隠すで徹底的に隠蔽すればいいものを、法相や官房長官が事の重大さをよく認識していないから、ついぺらぺらと本当の話を喋ってしまう、という感じである。脇が甘すぎるのだ。この調子だと、まだまだビックリ発言が出てくるかもしれない。

 多くの人々が「あきれてものが言えない」と思っているに違いない。拳を振りあげて怒ろうにも、その前に気が抜けて「もう勝手にやれば・・・」と投げ出したくなるようないい加減さである。こんな政権に真面目に怒るほうがばかばかしくなる展開なのだ。

 同じような気分は霞が関官僚にも広がっている。

 自民党政権まで、国の政策には良かれ悪しかれ、それなりの道理と理屈があった。それまでの政策を変更するなら「これこれしかじかで社会的ニーズが変わったから」とか、逆に政策を維持するなら「こういう必要性は変わらない」といった理屈である。

 往々にして役人の既得権益維持に過ぎない場合も多かったのだが、それでも役人は必死で理屈や屁理屈を考えていたものだ。ところが、最近はそうした屁理屈立案作業さえも手抜きが目に付くようになっている。

 なぜなら、民主党政権自体が政策の理論的背景や首尾一貫性にまるで無頓着と思われるような事例に枚挙にいとまがないからだ。役人は「肝心の政治家がでたらめをやってるんだから、なにも僕らが汗を書いて理屈を考える必要はない」という気分なのである。

 たとえば、法人税引き下げ問題だ。

 もともと民主党はなんと言っていたかというと、2009年総選挙のマニフェスト(政権公約)では「公平で簡素な税制をつくる」として、こう書いていた。

「効果の不明なもの、役割を終えた租税特別措置は廃止し、真に必要なものは『特別措置』から『恒久措置』へ切り替える」

「中小企業向けの法人税を現在の18%から11%に引き下げる」

 この公約を鳩山由紀夫政権は途中から中小企業にとどまらず、大企業を含めた法人税引き下げに拡大し、菅政権になると、10年参院選マニフェストで次のように明記した。

「法人税引き下げ:法人税制は簡素化を前提に、国際競争力の維持・強化、対日投資促進の観点から見直しを実施します。あわせて、中小企業向けの法人税率の引き下げ(18%→11%)、連帯保証人制度、個人保証の廃止を含めた見直しを進めます」

 こうして法人税引き下げが経済政策の主要テーマになったのだが、ここに来て、グラグラし始めた。

 まず玄葉光一郎国家戦略相が17日のテレビ番組で「単純に5%下げるやり方とターゲットを絞って大胆に投資減税をしたり、償却を大幅に認める減税もありうる」と述べる。

 これに対して海江田万里経済財政相は同じ日に別の番組で「たくさんの租税特別措置があり、課税ベースが非常に小さくなっている。もう少し多くの企業に法人税を払ってもらい、これまで払っていた企業は税率が下がる形にしなければならない」と語った。

財務省と経産省の振り付けで動く二人の大臣

 両大臣の発言は、あきらかに相反する方向を向いている。

 ひと言で言えば、玄葉は「法人税全体を下げるのではなく、目標を絞った投資減税などで」と唱えたのに対して、海江田は「租税特別措置を簡素化して法人税引き下げを」と主張している。

 09年と10年のマニフェストに従えば、あきらかに海江田が従来路線であり、玄葉は基本路線を修正している。いや、軌道修正というより公約違反と言ってもいいほどの路線転換だ。

 玄葉発言を聞いて「こんなに簡単に公約を反故にするのか」とあきれていたら、なんと菅首相自らが18日の会議で「企業は競争力強化にカネを使ってほしい」と述べて、設備投資や研究開発の政策減税に言及した。

 実は、政府が夏に決めた経済対策でも設備投資や研究開発、さらには雇用促進の政策減税を盛り込んでいる。これらをどうやって具体化するのかといえば、いずれも特定産業をターゲットにした租税特別措置をつくって実施するのである。

 つまり、公約していた租特の簡素化どころか新たに拡充強化する形になる。

 法人税引き下げは、消費税引き上げなど本格的税制改革抜きに実行しようとすれば、当面は租特簡素化による課税ベース拡大を前提にする以外、ほかに適当な財源が見当たらない。

 本来なら民主党政権は公約通り、まずは租特簡素化に全力を挙げて、そこで得た財源で法人税引き下げを目指すのが手順であるはずだ。ここは海江田の言うとおりである。

 ところが、玄葉はもはや法人税引き下げをあきらめ、その代わりに投資減税や償却制度の拡充(おそらく研究開発や雇用促進税制も)を主張し始めた。これは法人税引き下げを阻止したい財務省の意向をくんだものだろう。

 菅は法人税引き下げの旗を降ろしてはいないが、いまの段階で設備投資や研究開発減税に言及したところを見ると、どうやら本体の引き下げはあきらめかかっていると見てよさそうだ。

 夏の経済対策で設備投資などの政策減税が入っていたことから判断すれば、実は引き下げ絶対阻止の財務省と「最低でも租特拡充による政策減税実現」を狙う経済産業省の間で裏取引がすでに成立している可能性が高い。

 そうだとすれば、玄葉と海江田の発言は、それぞれ財務省と経産省の振り付けをそのまま演じているにすぎない。

 政権自体が重要公約をいとも簡単にひっくり返しにかかっているのだから、財務省や経産省の役人は政権のいい加減さにあきれる半面「結局、物事を決めるのはおれたちさ」と笑っているかもしれない。

 首相官邸で働く官僚の一人は「自民党政権にいろいろ批判はあったけど、ここまでいい加減じゃなかったですよね。いまはその場のご都合主義で、政策の理屈なんて、どこかにすっ飛んでしまった」と嘆いている。

 官僚にこんなため息をつかせていて、どうして政治主導になるのか。官僚になめられるのも無理はない。

 ついでに、国会で民主党政権の公務員制度改革について批判した現役の経産省キャリア官僚である古賀茂明氏についても触れておこう。経産省は古賀の国会招致を聞いて、事態を穏便にやり過ごすべく舞台裏で懸命に動いた。

 そのせいもあって、大畠章宏経産相は無難な答弁で切り抜けたが、仙谷が聞かれてもいないのに「彼の将来を傷つける」と恫喝まがいの発言をして、猛烈な批判を浴びたのは報じられたとおりである。

 経産省は一方で古賀を10月末にも退任に追い込むべく水面下で動いていたが、この仙谷発言のおかげで、完全に作戦が狂ってしまった。ここで古賀退任となれば、官房長官の恫喝で辞めさせられたのが明々白々となり、それ自体が大問題になってしまうからだ。

 古賀自身は霞が関で働き続ける意欲を示している。

 いまや経産省は古賀問題に半ば、さじを投げた格好だ。これもまた仙谷自らの勇み足が招いたチョンボである。

 (文中敬称略)

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