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「1ドル50円台」もあるという日本経済
明日が見えない

ボコボコにされるニッポン

「為替というのは、急激に勢いよく動くということがありますから、アメリカ経済の現況を見ると、1ドル=100円の半分くらい、極端にいえばいつ50円になってもおかしくない。'71年のニクソン・ショックによる変動相場制移行以後、ずっとアメリカ・ドルの価値は過大評価され、ドル高の水準にありました。

 短期間に米ドルが暴落したら、インパクトが大きすぎて、日本経済はもちろん世界中で大きな影響が出てしまいます。今後、いかにソフトランディングできるか、が最大の問題になってくる」(同志社大学大学院・浜矩子教授)

 ズルズルと長引く円高に、歯止めがかからない。

「適時適切に、断固たる措置を取る」(仙谷官房長官)と菅内閣は大見得を切ったはずだった。

 介入によっていったんは1ドル=86円近くまで回復したが、結局ずるずると上がりつづけ、あっさり80円台になった(10月14日)。80円台突入は実に15年ぶり、79円75銭の史上最高値に迫った。日銀も金融緩和を実施したが、焼け石に水。結局、政府・日銀の対応は、なんの効果も挙げていないのではないか。

 日本の産業の基盤を担う生産現場からは、悲鳴を通り越して諦めのような声が上がっている。

「社長の給料をゼロにしたり、人を減らしてなんとか食いつないできたが、いまはそもそも仕事がないんだから。これからいったいどうなるのか。

 毎日、2社から3社くらいは消えているね。倒産ならいろんなデータに出てくるけど、みんな黙って消えていなくなっている。高齢の経営者が、静かに退場しているんだ。八方ふさがり。戦後の焼け野原と同じですよ」(東京・大田区の町工場など900社で構成する大田工業連合会・舟久保利明会長)

 麻生政権時、「セーフティネット貸付」と称して中小企業に対する融資を行ったが、いまは「そもそも仕事がないから、カネを借りてもしょうがない」(舟久保氏)という。

 リーマンショックからようやく立ち直りかけた時期に日本経済を襲った円高。代表的な輸出企業も、危機感を強めている。

「過去30年に、為替の変動に対応するため現地化、体質強化を進めてきましたが、今回の円高は日本の製造業の競争レベルから考えて大変厳しい、と受け止めています」(本田技研広報部)

「"対ドル"の面では、弊社は一定の対応力が既についていると認識しています。一方、対ユーロは1円円高になると営業利益ベースで年間約70億円のマイナスの影響があり、根本的な対策は難しい状況です」(ソニー広報センター)

 トヨタ自動車広報部のコメントには、切迫感が溢れる。

「現在の円高は、単なる収益の問題ではなく、日本のモノづくりの基盤を揺るがすものです。トヨタは、グローバルに事業を展開し、各国、各地域でよき企業市民になるべく努力しているが、トヨタ発祥の地である日本においてのモノづくりには、あくまでこだわり続けたいと考えている。

 技術開発の基盤として日本の生産は必要であり、最後まで日本でのモノづくりにチャレンジすべきであると考えているが、現在の状況は大変厳しいと言わざるを得ない」

 トヨタのある社員も、「円高? 超危機感大です」と話す。実際、主力車種・カローラは今後輸出を取りやめ、海外販売分はすべて海外で生産する、という方向で検討を始めているのだという。「自動車王国・ニッポン」の象徴だった、輸送船に整然と並べられ、運ばれる輸出車という光景は、完全に過去のものとなった。

 先日、日産が主力車「マーチ」の生産をすべてタイに移すことを発表して話題になったが、日本でモノづくりをすることそのものが困難、という時代になりつつある。

大企業のカネは海外へ

 帝国データバンクの調べによると、'08年1月から今年9月までの円高関連倒産は80件。とくに今年に入ってからすでに31件と、急増し、年間では40件を超える見込みだという。

「円高の影響を受けた大手メーカーが減産し、海外に生産拠点をシフトさせていることにより、中小企業の受注が急激に減って倒産にいたるという"受注減少型"倒産が増えています。そのほか、為替損失による"デリバティブ型"や、外国人観光客の減少による倒産もありました」(帝国データバンク情報部情報取材課長・仲野実氏)

 東京・大田区の音楽機器用部品メーカーの「研精舎」は、国内トップメーカーの協力企業でもあり、'08年には164億円まで売り上げを伸ばすなど堅調だったが、同年秋以降売り上げが急減し、今年1月に倒産した。

 東京・港区の「新東京インターナショナル」はアメリカで食品加工工場を買収し冷凍寿司の製造・販売をしていたが、為替リスクを避けるため行ったオプション取引で10億円以上の損失を出し、倒産したという。まさに死屍累々。

 しかも、海外に生産拠点を逃避させた大企業の行動も、日本の景気を押し上げることには繋がらない。

「円高になると企業は海外に工場を作り、海外で売るんだから、それでいいじゃないか、という議論は大きな間違いです。日本の企業が海外に行くということは、日本人が職を失い、ベトナム人や中国人が職を得るということです。

 税金も海外で払われ、設備投資もそちらに行く。企業にとってはいいかもしれませんが、日本政府、日本人にとってはまったくメリットはありません」(カリスマ・トレーダーとして知られるフジマキ・ジャパン社長、藤巻健史氏)

 仮に大企業の業績が回復しても、国内の新卒大学生の採用には向かわず、中国など新興市場で「現地採用」する。余剰資金も、国内より海外でのM&Aや設備投資に使われる。結局海外で稼いだマネーは海外に止まったままになり、国内には戻ってこない。「景況感」が上向かないのも、当然なのだ。

 いったいこの円高は、どこまでいくのか。日本の産業はどうなるのか。

 冒頭の浜氏同様、元日銀調査統計局企画役で現在日本経済研究センター主任研究員の竹内淳一郎氏も、今後円高基調が続くと見ている。

「デフレの国は、通貨が上昇する傾向にあって、'05年~'07年の1ドル=120円前後という水準はいまにして思えばややできすぎでした。長い目で見れば円高傾向で進むでしょうから、1ドル=65円ということも考えられます。

 アメリカは、オバマ大統領が"輸出倍増計画"を言っていますので、為替は安いほうがいい。つまり、アメリカの狙いは『秩序あるドル安』です。ただ、場合によってはドル安が暴走することがあるかもしれません。もしもこの先1年くらいで1ドル=65円になれば、それは秩序ある円高ということにはなりませんが・・・」

 エコノミスト各氏に共通するのは、いま起こっている円高は「日本の国力が強くなったために円が買われている」のではなく、「ドル不安からの逃避先」として、たまたま円が買われているにすぎない、という指摘だ。

「経済が成長して、パフォーマンスがよければその国の通貨が上がるのは当然です。ところが、今回の場合は、日本のパフォーマンスがいいわけではなくて、世界各国の経済が非常に悪い。

 『自国の経済を立て直すために輸出しかない』ということで、どうしても自国の通貨の切り下げを図り、輸出を伸ばして経済を回復させようとしている。そういうことでしか、各国とも展望が開けない状況なんです」(元東海銀行国際資金室長の三宅輝幸・和光大名誉教授)

 オバマ大統領の「輸出倍増計画」に端的に表れているように、アメリカはリーマンショック以降、ドルを切り下げて輸出を伸ばそうともがいている。

 一方、堅調と言われたヨーロッパもギリシャ、スペインなどの財政危機から、通貨を切り下げて競争力を上げようとしている。

 さらに各国とも、景気浮揚のために金融緩和を実施し、カネ余り現象が起きているから、行き場を失ったマネーが円に逃避しているのが実態だという。

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