「末期がん」からの生還 後編

8人の体験記
患者・家族・医師「奇跡の物語」


東京都に住む藤本明久さん(仮名・48歳)ががんの闘病経験をしたのは、今から約20年前。

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 東京都に住む藤本明久さん(仮名・48歳)ががんの闘病経験をしたのは、今から約20年前。患者への告知が主流となる前のことだ。

「29歳と若かったこともあって、親が先生と相談して病名を隠すことに決めたようなんです。私が事実を知ったのは、すべての治療が終わり、再発の心配がないと判断されたときでした」

 藤本さんが体に異変を感じたのは'91年の春。建設会社の現場主任として多忙な日々を送っていた頃だった。

「貧血の症状が出てきて、軽い坂道でも息切れすることがあったのです」

 嫌な予感がして病院へ行くと、鉄欠乏性貧血と言われ、精密検査をすることになった。

 診断結果は、「上行結腸がん」。がんの大きさは5.6cmもあり、リンパ節にも転移した進行がんだった。

 しかし、藤本さんには、前述の理由で「潰瘍性大腸炎」と告げられ、手術をした。

 藤本さんは術後1ヵ月で職場復帰を果たしたが、翌年再発。リンパ節転移が見つかる。そのとき主治医から紹介されたのが、がん・感染症センター都立駒込病院(東京都文京区)化学療法科の佐々木常雄医師だった。

「このときも、がんの再発ではなくリンパ節炎という説明でした。怪しいと感じていたんですが、それが確信に変わったのは、佐々木先生が化学療法のスペシャリストと知ったときです。入院中は6人部屋だったのですが、どの人もがんで大変な状態だったんです」

 しかし、藤本さんは「自分ががんなんて信じたくない、改めて真実を聞くのが怖い、今聞いても親を困らせるだけだ」という思いの堂々めぐりで、結局、言い出せなかった。複雑な思いを抱えて治療が始まった。

「でも、ごっそり髪が抜けてくると、ああやっぱりそうなのか、と暗い気持ちになりました。副作用は大変でした。味覚障害を起こし、甘いものが苦く感じられた。体が異常にだるいし、これは間違いなくがんの治療だと思いました。でも、どんなにお先真っ暗であろうが、ひたすら寝ていることしかできなかったんです」

 幸い、3ヵ月間の抗がん剤治療の効果が上がり、2週間に1度の外来投与に切り替えられた。まだどこかで「自分はがんではない」というわずかな希望は捨てなかった。薬剤の量は減ったが依然続く副作用に苦しみながら、「遅れを取った同僚に追いつかなければ」という焦燥感に苛まれていた。

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