緊急対談 田中均(元外務審議官)×田原総一朗(ジャーナリスト)
「あまりにお粗末、あまりに不様」

戦略なき素人外交を糾す

田原: 海上保安庁の巡視船に体当たりをかました中国船の船長が公務執行妨害で逮捕された一件に対し、中国が異常とも思える強硬な姿勢を次々に打ち出しました。狙いは、いったい何だったんですか。

たなか・ひとし1947年生まれ。元外務審議官。アジア大洋州局長として小泉純一郎元首相の北朝鮮訪問を準備した。現在は日本総研国際戦略研究所理事長

田中: 狙いがあったというより、日本が公権力を発動した結果、中国としても強く反応せざるを得なかったのでしょう。

田原: ということは、田中さんは船長を逮捕したことは間違いだったと?

田中: とんでもない。日本の実効的支配の下にある尖閣諸島沖で船をぶつけてきたのですから、逮捕しないという判断はあり得ない。

田原: そうですよね。

田中: ただし、送検するか否かという判断において、果たして過去の経緯を十分に勘案したのだろうかという疑念は残ります。

 '04年にも7名の中国人が尖閣諸島に上陸したため逮捕しましたが、2日後に強制送還しています。

田原: 小泉内閣のときでしたね。

田中: ええ。'70年代に中国側が尖閣諸島の領有権を巡って日本にクレームをつけてきた際、当時の最高指導者だった鄧小平が「この問題については後の世代に解決を託そう」と発言し、事実上、棚上げした。そして日本政府はそれ以降、中国が「棚上げ」の立場を崩さないよう、慎重に尖閣の問題を扱ってきた。不法上陸した人は逮捕はするが、静かに国外退去させるという判断をしてきました。

田原: 送検し、起訴にまで至ると、そこから先は司法の判断になり、政治は介入できなくなりますからね。

田中: 今回、過去の経緯を十分検討し、送検した場合の中国の反応を十分シミュレーションし、中国がどんな措置を取ろうと裁判で白黒つけると判断した上で送検したのであれば、それはそれでいいと思います。しかし、どうもそこまで検討した様子は見えません。

田原: その点は非常にお粗末ですね。しかし、巡視船が撮影した衝突映像によれば、漁船は二度にわたって明らかに意図的に衝突しているようです。

 また、衝突事件の4日後(9月11日)には、中国の巡視船が現場近くで作業中の日本の海洋調査船に、この海域から出て行けと言ってきた。

田中: 中国が海洋活動を極めて活発化させていることは事実です。世界2位の経済大国になったことで、国力に大きな自信をつけたことが背景にはある。

田原: しかも、日本を抜いて2位になったからね。

田中: 2桁の経済成長を遂げただけでなく、リーマンショック以降、アメリカ型の自由放任市場が批判されると、規制の多い中国型の国家資本主義のほうがいいのだという確信もますます高まってきた。それが、海洋権益確保の動きの活発化につながっている。特に人民解放軍において、それは顕著です。たとえば、南シナ海の核心的利益を公言するようになりましたね。

田原: 核心的利益とは、わかりやすく翻訳すると、「自分たちが仕切るんだ」という意味ですね。

田中: そうです。それに対して東アジア諸国、特にフィリピンやベトナムが強い懸念を示しています。

田原: みんな怒っている。アメリカもナーバスになっていますね。

田中: はい。果たして胡錦濤国家主席は軍との関係において十分な統制力を持っているのか。つまり、中国はシビリアンコントロールできているのかと、諸国が疑い始めています。

民主党の外交に失望

田原: 私は太平洋をめぐる新しい冷戦の時代が始まると思っているんです。

田中: ジャーナリストがそのようにご覧になるのはわかるのですが、私たち外交の専門家は、新冷戦を始めさせてしまってはいけない、という見方をします。なぜかというと、アメリカは尖閣諸島をめぐって日中関係が決定的に悪くなることは望んでいません。尖閣諸島は日米安保条約の対象範囲内であると表明していますから、ここで有事が起これば条約に忠実な行動をとらなければならない。

田原: 中国と武力で対峙するということですね。

田中: それが日米の利益にならないとアメリカは思っているのでしょうから、日本にはそういう事態に陥らないようにする責任があるわけです。

田原: ASEANにとっても、日中関係の悪化は国益に障りますね。

田中: ASEANは大変不安に思っていますよ。9月24日、私はシンガポールで開かれた「グローバル・ダイアローグ」という世界の有識者たちの集会に出席していました。中国の唐家璇元副首相やアメリカのクリス・ヒル国務次官補も参加した集会です。

田原: 日本では件の船長が釈放され、大騒ぎになった日ですね。

田中: そうです。この日、唐家璇が激しい対日批判を繰り広げました。鄧小平が次の世代に委ねようと言い、日本も理解してきたことをなぜ、より大きなイシューにするのだ。中国としてもより強い措置をとらざるを得ないというのです。私はこれに反論する用意ができていました。

 ところが登壇の5分前、インターネットのニュースでまさに「船長釈放」を知ったのです。ですから演説の冒頭、「日本の検察庁は処分保留で船長を釈放しました」と伝えると、会場はなんと割れんばかりの拍手でした。

田原: え、拍手? 中国が南シナ海を仕切ることに懸念を抱くASEAN諸国は、中国いい加減にしろ、日本ガンバレと思っていたのではないんですか。

田中: 中国に味方したからではなく、これで対決が避けられた、という安心感の拍手なんですよ。

田原: なるほど。

田中: さはさりながら中国の行動には懸念がある、と私は続けました。ひとつは海洋活動の現状。もうひとつはあまりにも一方的な行動です。日本に対して観光や民間交流をシャットアウトし、輸出入を制限し、ハイレベルな政府間折衝をストップし、挙げ句に、日本の民間人を拘束した。

 経済活動においてこれほど日中が強い相互依存関係にあり、win-winでやっているのに、なぜなんだ。このような中国の行動に利益なし。各国から懸念を持って見られている、と。

田原: 中国人の聴衆はどういう反応を示しました?

田中: 軍人のひとりが、私が尖閣諸島は日本が実効支配していると言ったことに対して猛烈に抗議しました。しかし、私はファクトを言ったに過ぎない、私には言論の自由がある、と応じました。このやり取りは現地紙に掲載されました。

田原: アジア各国は日中関係に注目しているからね。

田中: ですから、単に日本と中国の二国間関係だけではなく、日中の事案がこの地域にどんなに大きな影響を与えるかということを十分勘案して、政策を打つべきなんです。ところが民主党政権を見ていると、どうも国内だけを向いて決定している、白地に外交の画を描いているような気がしてならないのです。

田原: 過去の経緯も何も描かれていない白地ですか。

田中: 国内でいろいろな声が上がるたびに、右へ左へとブレる。それより中国と水面下で本気の交渉が行われるべきなのに。

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