中曽根康弘が仕掛けた「4元首相会談」のウラに「大連立」あり

 中曽根康弘元首相の呼びかけで10月5日午後、密かに都内のホテルで森喜朗、安倍晋三、麻生太郎の4人の元首相・自民党総裁が会談することになっていた。ところが、直前になって中曽根氏が体調を崩し、「4元首相会談」は実現することはなかった。

 沖縄県・尖閣諸島沖で発生した中国漁船衝突事件を巡る一連の菅直人政権の対応策に危機感を抱いた中曽根氏が、首相経験者の「知恵」を集約して菅首相に伝えようと考え、企図したものだ。

 そして興味深いのは、小泉純一郎元首相には声を掛けなかったことと、福田康夫元首相が「日程調整がつかない」と断ったことである。

 だが、この申し入れを受けた3人のうちのひとりは、「ああ、中曽根さんはまだ大連立を諦めていないんだ」と直感したという。

 事実、中曽根氏はこの呼びかけに先立ち、福田政権下の07年秋の"大連立騒動"の当事者であり、盟友の渡邉恒雄読売新聞グループ本社会長・主筆と、かつて秘書だった与謝野馨元財務相(たちあがれ日本共同代表)に相談している。

 さらに言えば、与謝野氏と園田博之幹事長の2人は、現時点ですでに菅首相サイドが求めてくるのであれば、政策協定を前提に閣外協力に応じる意向を隠していない。

 特に、園田氏は新党さきがけ時代の「同志」である前原誠司外相や枝野幸男民主党幹事長代理と頻繁に接触、与謝野・園田ラインが小沢一郎元幹事長抜きの民主党と自民党の大連立の接着剤にならんと積極的に動いている。

ただ、肝心要の菅首相と仙谷由人官房長官の腹の中が読み切れていないのが実情なのだ。

 それでも兆しはある。参院選挙民主党大敗のショックから抜け切れていない8月8日夜、囲碁の「パンダネット」創案者を同道して密かに首相公邸を訪れ、菅首相と囲碁対局をしている。その席で菅氏は与謝野氏に対して秋の臨時国会に向けて政策助言を求めるという「仁義」を切っている。

細野訪中に同行した「もう一人の人物」

 それはともかく、菅政権にとって最大のピンチであった「尖閣問題」は一応の"決着"をみた。10月4日夜、アジア欧州会議(ASEM)首脳会議後の晩餐会を終えた菅首相と中国の温家宝首相は、25分間とはいえ予定外の会談を行った。ハプニングを装っているが、実は日中双方の周到な準備のうえで実現したものだった。

 それは、9月29日の細野豪志前民主党幹事長代理の訪中、戴秉国・国務委員(副首相級)との会談を契機とするものだ。細野氏に同行したのが須川清史内閣官房専門調査員(民主党政調会部長)であったことからも、この細野氏が仙谷官房長官の事実上の名代であったことが理解できる。メディアが報じていないもうひとりの同行者もポイントである。

 日本企業の中国進出を支援するコンサルタントの篠原令氏。明治時代の経済界の大立者である渋沢栄一の孫、故渋沢正一元日本製鉄副社長の秘書を務めた後、渡米、ハイテクベンチャー創設に加わり、80年代末に拠点を中国に移し現在に至る。セコムやアスキーの中国進出に協力、故小渕恵三元首相の「中国緑化基金」構想にも関与するなどを通じ、現在、中国共産党中央対外連絡部長である王家瑞氏との間に太いパイプを築いたとされる。

 もともと細野氏は、05年12月に当時の民主党代表の前原誠司外相の訪中に同行、「中国脅威論」を巡り熾烈な論争を行う中で党対外連絡部の対日政策実務者と知己を得たという。

 その後も小沢元幹事長が始めた「日中交流機構・万里の長城計画」の実務責任者を務め、中国訪問を繰り返す過程で件の篠原氏との関係を深めたという。そしてその篠原氏は仙谷氏にも通じているのだ。因みに、戴秉国氏もまた党対外連絡部長経験者である。

 朝日新聞(10月7日付朝刊)の検証記事にあった「同1日夜の仙谷・戴秉国電話会談」が決め手となって先述の菅・温家宝会談が実現したのである。その意味では、確かに仙谷官房長官主導で尖閣問題決着が図られたのだ。週明けから本格化する国会審議・与野党間協議もまた仙谷氏主導で行われるのは間違いない。

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