「多国間協調」を訴えるガイトナー米財務長官と「中国の混乱は世界の破滅」と脅す温家宝首相 「通貨切り下げ競争」のシビアな現実
G7で日本は「国益」を守ることができるか

 世界の通貨切り下げ競争は理論的仮説の段階を過ぎて、いまや差し迫った「現実の脅威」になりつつあるようだ。それを実感させるような二つの演説があった。

 まず、米国のガイトナー財務長官が6日にワシントンのブルッキングス研究所で次のように述べている。日本の新聞はあまり詳しく報じなかったが、重要な部分を紹介しよう。

「過小評価された為替レートをもつ経済大国が通貨切り上げを避けると、他国も同じように行動するようになる。だから問題なのだ」。ここで言う「大国」は、原文では「economies」と複数形になっている。あくまで理論的に説明する意図からだろう。

 現実の世界では中国を指しているのはあきらかだ。続けて長官はこう述べた。

「こうした動きは、有害でダイナミックな『非切り上げ競争(competitive non appreciation)』とも呼べるものだ」

「時間が経つにつれて、ますます多くの国々が通貨価値上昇を促す市場の力に対抗する強いプレッシャーに直面している」

「そうした動きが重なって、新興国ではインフレや資産バブル、そうでなければ消費抑制や輸出増加に短期的歪みを拡大するリスクを招いている」

 ここは現実に即して理解したほうが分かりやすい。

 中国は大幅な人民元切り上げを避けたまま輸出を拡大しているので、通貨当局は稼いだドルを市場から吸収するために、ドル買い人民元売りのオペレーションを続けざるをえない。実際、中国の外貨準備高は6月時点で日本の2倍を超える2兆4500億ドルに上っている。もちろん世界一だ。

 その結果、人民元が市場にあふれてインフレや資産バブルを招いている。

 逆にインフレを抑えようとすれば、政策当局は政策金利を引き上げたり、財政を引き締めざるをえなくなる。そうなれば消費は抑制される。それでも輸出を拡大しようとするなら、経済はどこかの部分で大きく歪まざるをえない。

 では問題を解決するには、どうしたらいいか。長官の提案は多国間調整である。

「これは多国間の問題だ。より柔軟な為替相場制度をもっている国の通貨を切り上げさせるのは、不公正である。新興国はほかの国も同じように行動すると確信しない限り、自分だけが独自に動くことはない。だから、問題解決には協調的アプローチが必要になる」

 長官の頭には、かつて1944年に創設されたブレトンウッズ体制と呼ばれる国際通貨基金(IMF)と世界銀行のイメージが蘇っているようだ。講演で「ブレトンウッズ」に言及した裏には、多国間調整の仕組みを再構築することによって、なんとか実質的な人民元引き上げを実現したい意図がにじみ出ている。

 同じ日に中国の温家宝首相はブリュッセルでの講演で「私たちに人民元切り上げのプレッシャーをかけるな」と力説した。「そうなれば、世界は破局に向かう」とまで言い切っている。首相の言い分はこうだ。

「中国の輸出企業は非常に薄い利益しか上げていない。もしも人民元を切り上げれば、多くの輸出企業が倒産して、労働者は出身の村に帰らなければならなくなる。もし、中国が社会的、経済的混乱に見舞われれば、世界は破局するだろう」(フィナンシャル・タイムズ紙)

 「中国の混乱は世界の破滅」という言い方は、自国の困難を人質にして世界に妥協を迫ったようなところがある。勝手な言い分とも自虐的とも、あるいは北朝鮮の「瀬戸際外交」をも感じさせるが、残念ながら、そんな一面の真実があるのも否めない。

世界経済が直面する「国際金融のトリレンマ」

 一方で、インドやタイには外資が流入し、それぞれ通貨価値が上昇している。ここに来て「両国は為替介入や資本輸入制限などの措置を講じざるをえないだろう」という観測が強まってきた。

 こちらでは政府による為替や資本移動の管理強化策がささやかれているのだ。

 政府による為替管理と資本移動制限は密接に関連している。

 資本移動を自由にしたまま金融政策の自由を維持しようとすれば、為替は変動する。金融政策の自由を維持したまま、為替の変動を抑えようとすれば、資本移動を制限せざるをえない。

  いま両国は金融政策の自由を捨て、介入によって為替相場を管理しつつ、資本移動の自由を確保するか、それとも、金融政策の自由と為替相場の安定を維持するために、思い切って資本移動を制限するかの選択を迫られているのだ。

  これは、よく知られた「国際金融のトリレンマ」という問題である。

 米国のガイトナー講演といい中国の温家宝講演といい、さらにタイやインドが直面している問題といい、世界経済はここに来て、あっという間に根本的な「原理原則問題」にぶち当たってしまった感がある。

 これは、どこかの一国が努力すれば解決に向かうというレベルの問題ではない。逆に言えば、すべての関係国が直面している根本問題に正面から立ち向かって、同時進行的に解きほぐしていく以外にない。

 ガイトナー長官が多国間協調を訴えるのは、したがって正しい。

 今週末からはワシントンで先進七ヵ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)をはじめ一連の国際会議が開かれる。はたして野田佳彦財務相は円高とデフレに苦しむ日本経済の実情を各国に手際よく説明して、為替介入やゼロ金利復活の政策に理解を得られるだろうか。

 協調という言葉を聞くと、日本ではとかく友好親善のような甘いイメージが膨らむが、世界では「殴り合いの果ての妥協の産物」である。間違っても、だまされた挙げ句、世界からは批判の嵐というような下手は打ってほしくない。

 (文中一部敬称略)

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