検察大崩壊 特捜部「証拠改ざん」詰め腹を切るべき司法権力者たち
この期に及んでも「どのポストまで責任
を取らすか」で揺れる、呆れた厚顔
最高検察庁・検事総長 大林 宏(63) 〔PHOTO〕結束武郎

 証拠を改ざんすれば、有罪にできない事件などない。「検察は正義」というマインドコントロールが解ける日が来た―。

 大阪府枚方市の公務員官舎で、前田恒彦容疑者(43=証拠隠滅容疑で逮捕、以下「容疑者」は略)は暮らしていた。大阪地検特捜部を担当する記者であれば、いわゆる"夜討ち朝駆け"のために一度は足を踏み入れる施設であろう。

 特にシナリオ通りの供述を引き出す"割り屋"で、特捜部内で部長、副部長に続くヒラ検の筆頭格である前田が住む最上階の一室は、メディアにとり重要な訪問先であった。ある大阪地検担当記者が振り返る。

「彼には小学生のお子さんがいました。共用の踊り場のスペースに、子供用の自転車が置かれていたのを憶えています」

 厚生労働省の村木厚子元局長(54)の無罪が確定した郵便不正事件で、前田が犯した押収資料の改ざんという犯罪行為は、検察組織を基盤から揺るがす前代未聞の不祥事となった。あらためて検察が描いたシナリオを説明したい。

 厚労省が実体のない障害者団体に対し、郵便割引制度の適用を認める偽の証明書を発行したという郵便不正事件で、検察は村木元局長を証明書発行の「指示役」と設定した。

 村木元局長が証明書作成を指示したとされる日(6月上旬)と、作成文書の入ったフロッピーディスク(FD)の更新日時の矛盾をなくすため、前田は日時の情報を変更するソフトを使用して、FD上に記録された最終更新日時を書き換えた。

 同僚検事に「FDに時限爆弾を仕掛けた」などと、自らの犯罪行為が"巨悪"を滅ぼすための仕掛けであるかのような、勘違いも甚だしい一言を残して―。

「公表しないなら、私が検事を辞めてでも公表します」

 前田の不正を知って特捜部の前副部長である佐賀元明(49=現・神戸地検特別刑事部長)に詰め寄った検事は3人いた。そのうち「涙さえ浮かべていた」(大阪地検担当記者)という塚部貴子検事(41)の住まいは、部屋番号で前田と二つ違い。同じフロアのご近所同士だった。皮肉なものである。

塚部検事は、前田の犯罪を上司に告発したが、黙殺された(写真は法務省のHPより)

 塚部検事は佐賀県出身。28歳で司法試験に合格しているから遅咲きと言える。検事任官後、東京地検を振り出しに浦和、松山、大阪、宮崎の各地検を回り、昨年4月から大阪地検特捜部配属となった。法務省のHPには、検察官志望者に向けた"先輩からのメッセージ"欄がある。

 塚部検事はこう書いている。

〈 最初に作成してもらう身上申立書の記載時の態度を観察し、対象者の性格や心情を推し量る材料の1つにしています。

 不満を述べながらも、1つ1つの項目について時間をかけて丁寧に記載する人、虚勢をはっていても、記載する手が震えている人、丁寧な態度でも、促さないと個々の項目の記載をしない人など、その態度にはその人の真の姿や心情が表れるものです 〉

 不正を公表すべきという、塚部検事のごく当たり前の正義感は、上層部と共有できなかったようだ。

大阪地方検察庁・特捜部長(当時) 大坪 弘道(57) 〔PHOTO〕眞野公一

 当時、特捜部長だった大坪弘道(57=現・京都地検次席検事)は「(公表は)まあ待て」と軽くいなし、その場しのぎで調査の約束をしながら、上司である大阪地検検事正の小林敬(59)に「噂はあるが問題ない」といった言い方で報告したとされる。

「大坪体制下の特捜部で、前田は特別な存在でした。民主党の小沢一郎元幹事長の不正献金事件で、東京地検は前田を指名して東京に呼び、公設第一秘書の大久保隆規の取り調べをさせたのですが、『失敗すれば前田の経歴に傷がつく』と、最後まで難色を示したのが大坪でした。近い将来、自らの後を継ぐ者として寵愛していたのです」(全国紙大阪社会部記者)

 特捜部の"師弟"が発信源となった身内のもたれ合いは、上層部へと伝播していく。

大阪地方検察庁・検事正 小林 敬(59) 〔PHOTO〕八板幸弘

 最高検は9月28日、大坪からの報告を受けた地検トップの小林、そして当時のナンバー2の玉井英章(60=現・大阪高検次席検事)を取り調べた。

 検察リークに基づいて各メディアは、FD改ざんについての報告が大阪高検刑事部長の榊原一夫にまで上げられていたとし、いずれの幹部も「公判に影響なし」と、問題にした形跡がないと報じている。

検察組織が、情報を故意に歪めることは、前田によって証明済みだ。だとすれば「報告が上げられたのは榊原まで」という、検察のリークなど信じるに値するのだろうか。

大阪地方検察庁・次席検事(当時) 玉井 英章(60) 〔PHOTO〕朝井 豊

 当時の大阪高検のトップ=検事長は中尾巧(63)である。中尾は退官し、全国でも指折りの大規模な法律事務所で"ヤメ検"として活躍している。

 小林、玉井、大坪を執拗に追う新聞・テレビだが、中尾を追いかけようとはしない。本誌は小林ら地検トップに調べが及ぶ前日の9月27日、中尾を直撃した。

―当時、大阪高検検事長として地検を監督する立場にあった。経緯なりを明らかにする立場にあるのではないか。

中尾「今、最高検が(聴取を)やってるでしょ。そんな時にしゃべるなんて非常識。僕が、言うわけにはいかない」

―当時、地検からFDの日付改ざんの報告はあったのか。

中尾「あるわけないじゃない。全然知らなかった。(吐き捨てるように)地検が(報告を)止めてたんだろ」

―本当に知らなかったのか?

中尾「(語気を荒らげて)知らないって言ってるじゃないか。寝耳に水だよ」

大阪高等検察庁・検事長(当時) 中尾 巧(63) 〔PHOTO〕眞野公一

 直撃時点で、高検の榊原にまで報告されたことは報道されており、わざわざ「地検が止めてた」と当時の"下"に責任をなすりつけた中尾の真意は測りかねる。

「上層部への報告を矮小化した大坪と佐賀を、最高検は犯人隠避の容疑で罪に問えるか詰めの捜査に入っている。それより上のポストは刑事罰に問われることはなく、懲戒処分の軽重だけが論議されている」(全国紙社会部記者)という。

 だが、問題にすべきは、前田の捜査手法を聞いて驚きもしない検察組織全体の"感覚"である。佐賀に至っては、前田から事情を聴いて「FDにまで触らせてしまうとは苦労を掛けたな」と発言したという。

警察・検察は間違う

 国民新党の亀井静香代表は会見で、

「こんなことが警察で起きたら、現場の課長や署長が責任を取るだけでは終わらない。立派な検事総長であれば、当然、(責任の取り方を)分かっているのでは」

 と、トップの責任論を公の場で口にした。一方、複数の検察首脳は、新聞・テレビの記者の取材を受ける機会があるごとに、こんな一言を付け加えるという。

「あの人は無関係なのに非難の声が上がるというのは、いかがなものか」

 検察が組織を挙げて庇う「あの人」に会いに、本誌は前田が逮捕された9月21日夜から連日、東京・元麻布のアルゼンチン大使館のすぐ脇にある公舎を訪れた。毎朝9時頃、リモコンで開閉する鉄の門扉が開くと黒塗りのクラウンが出発する。「検察トップとしての責任を感じているのか」と窓越しに声を張り上げても、目を合わせようともしない。それが大林宏検事総長(63)の回答なのだろう。

 "幕引き"に向けた段取りは、着々と進行している。最高検は、証拠改ざんの原因を究明する「検証チーム」のまとめ役を東京地検特捜部長経験者である八木宏幸(最高検検事)に、大坪や前田の取り調べに当たる「捜査チーム」を長谷川充弘(同)に任せた。

 さらに、神戸地検検事正を最後に退官したヤメ検の吉川興治を前田の弁護人に充てることを画策した。吉川はすでに前田に面会している。関西のヤメ検なら、"身内"である前田を説得して、上層部にまで類が及ばないシナリオで罪を認めさせられる―そうタカを括ったことが透けて見える。

'08年11月に逮捕・起訴された小室哲哉(右)の詐欺事件でも前田(左)は主任検事だった 〔PHOTO〕朝井 豊

「最高検にとって頭が痛いのは、前田が『FDを誤って書き換えた』と故意性を否認している点です。通常、証拠隠滅の罪だけで公判となれば、たった2回で結審できますが、前田が否認を貫いたまま公判に入れば、吉川は以前の同僚を軒並み証人として請求せざるを得ない。吉川は『否認のままなら受けない』と、固辞しています」(全国紙東京地検担当記者)

 改ざん事件後、東京地検特捜部長の堺徹(52)は、地検回りの記者に苦虫を噛み潰したようにこう言い捨てるという。

「東京まで同じように見られたくない」

 撃つべきは、この感覚だ。「捜査機関の判断が絶対」という信仰は崩れ去ったのだ。現に東京地検が主導した長銀の粉飾決算事件では、旧経営陣に対する完全無罪が確定した( '08年7月)ではないか。

 警察・検察は間違う。間違ってはならないが、それは事実なのだ。最高検に求められるのは、特捜部数人のクビなどではない。徹底的に調べ、国民の前に公表すべきは、検察官個々人の「罪」の感覚なのである。

(文中敬称略)
 

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら