経済の死角

「原子力損害賠償」政府案ではモラルダウンと混乱を引き起こす。東電処理は会社更生法を適用せよ

2011年07月29日(金) 福井 秀夫
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政策研究大学院大学 福井秀夫

国の援助よりも東電資産による負担が優先

 法と経済学の「最安価損害回避者の理論」によれば、損害の予防が、加害者、被害者又は第三者のいずれかの一主体にほぼ一方的に依存して可能な場合には、当該一主体が最も安価・容易に損害を回避しうる立場にあるので、当該者に無過失責任を課すことによって被害を最小化できる。今般の原発事故に当てはめれば、専門知見と実務処理能力において、原子力事業者たる東京電力(東電)が国よりも圧倒的に長けていることから、最安価損害回避者が東電であることは明白である。

 国との分担関係も含め、責任を規律する唯一の法である原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)の基本的な仕組みは、最安価損害回避者の理論に忠実である。原賠法3条1項本文では、無過失でも原子力事業者がすべての損害を賠償する責任を負う旨を定めるが、同但書により、「損害が異常に巨大な天災地変」に「よって生じた」ときは免責となる

 今般の福島第一原発の事故損害に関しては、過去原発周辺の津波履歴が確認されていたこと、電源停止に対するバックアップ措置の追加投資額が極端に大きいと予測されていたわけではないことなどを勘案すれば、今般は、「異常に巨大」な天災地変には該当しないか、仮に該当するとしても、東電による回避可能性が十分に存在した可能性が大きく、東電が原賠法上免責になるという法解釈は困難であろう(福井2011.7.13.付日経朝刊経済教室、図1)。このことは、東電自身が、有責を前提とする原賠法16条に基づいて国の支援を要請した事実からも明らかである。なお、東電の負担とは、株主、債権者、経営者、料金負担者などステークホルダー(利害関係者)による負担を意味する。

 地震による事故賠償については、政府補償契約が締結されており、上限を1200億円として国による補償給付がなされる。同16条により、国は、これを越える部分について東電が無限責任を負い、実際上は資産の限度で賠償することを前提に、残る賠償責任について「必要な援助」を行うと決めているのであって、同条には、東電の責任を縮減させたり、東電を債務超過にさせないように支援したりする趣旨は含まれていない。

国は賠償責任者か

 国が東電を監督していた以上、電力会社以上に責任を負うべきだとする議論がある。しかし、国という抽象的な人格が責任を負担するのではなく、国の負担とは、結局は納税者の負担を意味する。国の東電に対する監督措置は、安全性確保の実効性を高め、私人への被害を小さくする効果を持つが、事業者たる東電の賠償責任を納税者が肩代わりすることを容認する趣旨ではない。国の監督措置により電力事業者の責任が軽減されるならば、事業者の注意義務が弛緩し、事故の発生確率と事故が重大なものとなる可能性が増大する。

 国民が国会、行政に対する監視を怠らず、立法の見識が高い国会議員を選出し続けるとともに、専門知識が豊富でモラルの高い公務員が行政運営に当たり続けることを担保することは、絶対に不可能とまではいえなくても、極端に大きい交渉コストと奇特な個人の私的犠牲が必要となる。それを期待するよりも、企業の株主が取締役の業務執行を監視する方がはるかに容易かつ現実的である。

 加えて、「国の責任」の強調は、本来責任を負うべき事業者や担当公務員の責任を拡散させて、無責任の無限の連鎖へと飛躍しかねない危険性を持つ。無謀な第二次世界大戦への道を切り開いた本来の責任主体たる軍幹部、政治家などについて、大戦の終了後、その深い関わりを覆い隠す「一億総懺悔」なるスローガンが唱えられたが、現下の政治状況下で、原発事故に関して「国の責任」を唱えることは、これと似て、国民一般に負担を転嫁し、本来の責任主体の果たした過誤を覆い隠す効果を持ちかねない。

 原発推進は国策だったから国にも責任があるという議論もあるが、危険性等のある事業を国が推奨したらすべて国が責任を負うならば、例えば、国が推奨してきたモータリゼーションに伴う交通事故の損害は国家負担とし、大都市部の中高層住宅化という住宅政策の結果生じた日照景観紛争等については国が責任を負うことにもなりかねない。

 いずれにせよ、国の法的賠償責任については、原賠法の解釈によって確定している。国が賠償責任を負うのは、国家賠償法上、公務員が故意過失により違法に損害を与えたときに限られるが、原賠法3条により、東電が有責なら東電のみが賠償責任を負うので、国を含む第三者の債務不履行や不法行為によって損害が発生した場合も、東電が賠償した上で別途第三者に対して東電が求償する。しかし求償できるのは、同5条により、当該「第三者の故意」に起因するものに限られ、特約がない限り、重過失も含め、当該第三者の過失責任は一切問われない。つまり、国の賠償責任は、法令上、担当公務員が具体的な福島第一原発の危険性を認識していたにもかかわらず、東電が取ろうとした安全管理措置を阻止したような場合に限られる。

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