尖閣問題を「核心的国家利益」と位置づけた中国の「覇権主義」
鄧小平以来の「棚上げ論」の転換は深刻だ

 菅直人首相は10月1日夜、今後の日中関係について「一衣帯水(いちいたいすい)の関係は重要。双方が努力を」と述べた。

 この「一衣帯水」という言葉は、日中関係を表すときによく使われる言葉である。日本人は、この言葉をうっかり友好の意味だと勘違いするが、中国人からみると、この言葉は必ずしも仲良くするという意味ではなく、お互いを理解し合おうという意味だ。

 私がこの言葉を聞いたのは、今から20年ほど前に財務省職員として訪中したときである。国賓待遇で釣魚台国賓館に泊まった。釣魚台という名前だったので、尖閣諸島の中国名「釣魚島」との関係が気になり聞いてみたところ、中国側担当者は、二つに直接の関係はなく、それに尖閣諸島は「棚上げ」だからと強調していた。1978年の鄧小平による「尖閣諸島問題は棚上げする」という方針を説明してくれたのだ。ちなみに、その時は私は税制など国家の基本事項を中国政府に説明した。

 次の訪中は10年前で、国営企業の民営化を中国政府からの依頼で説明した。10年間で見違えるほど発展していたが、まだ日本に学ぶことが多いといっていた。最近の訪中は昨年だ。さらに経済発展して、停滞する日本をGDPで追い越すのは確実で、もう日本から学ぶことはないとまで言っていた。ただし、為替だけを教えてくれという話だった。

 こうした中での、尖閣諸島の問題だったので、ちょっとイヤな予感もあった。最近、東シナ海でのガス田での強硬採掘もなにかきな臭い感じがしていた。そして、2日の報道でその予感がやや現実化し、驚いた。香港紙サウス・チャイナ・モーニング・ポストが、北京の外交筋の話として、中国指導部が今年に入ってから、尖閣諸島など東シナ海の領土・領海問題を台湾、チベット、新疆ウイグル問題と同じ「核心的国家利益」と位置付けたと報じたのだ。

 こうなると、鄧小平の尖閣諸島棚上げ論の変更になり、話はかなり深刻だ。

 これまでの尖閣諸島における危機対応マニュアルは、中国の尖閣棚上げ論がベースになっている。漁船でもぶつけられれば現行犯逮捕であっても、起訴しなければギリギリ棚上げ論に矛盾しない。その間、日本側は口で固有の領土と言い続けるのはかまわない。逮捕後、水面下の外交ルートで起訴前に中国側に棚上げ論を再確認して事態収拾というシナリオだっただろう。

 しかし、今回は違っていた。民主党の不慣れもあるだろうが、もし報道が正しければ、中国側もそこにつけ込み、国家戦略として行動していたのだ。鄧小平方針は、次の世代で知恵を出そうというもので、いつまでという期限もなかったので、経済大国になった中国が方針変更しても不思議ではない。

 こういう大きな国家戦略変更というダイナミックスの前で、日本政府の「検察が判断したので了とした」という説明は何とも間抜けだ。

 しかも、国内法の観点から見てもおかしい。検察庁法第14条では法務大臣は検察を指揮できる、個別案件では検事総長を指揮できると書かれている。このような重要事案では、部内の請訓規定によって那覇検察は検事総長に指導を仰ぐ、検事総長は法務大臣に指導を仰がなけないはずだ。そうでなければ、国としてまともな政策はできない。こうした国としてのガバナンスの問題があるにも関わらず、政府の言い方では誰が責任をとったらいいのか、まったくわからないし、国家戦略のかけらもない。

 菅直人総理は、国会で漁船衝突のビデオを見ていないといった。仙谷由人官房長官は、執務室で説明を受けるときに見たといっていた。官房長官室と総理執務室はともに官邸の5階にあり、間に秘書官室があるが、隣である。官房長官にだけ見せて総理に見せなかったら、それこそおかしい。もし本当に総理がビデオを見ていないなら、官房長官が見せるなという以外に考えにくい。また、総理自ら国際社会に対して日本の立場を説明するとき、ビデオも見ていないというのはまずいだろう。

覇権主義を「多国間」で封じ込めよ

 先週のこのコラムで、菅総理は10月4,5日のアジア欧州会議(ASEM)首脳会議に欠席だったので出席すべきと書いた。結局、その後、出席すると方向転換したのはいい。しかし、その会議に出席する中国の温家宝首相は「核心的利益」を強調するはずだ。実際、9月23日の国連総会でも尖閣諸島を念頭において「核心的利益で一切妥協しない」といっている。

 菅総理としては、尖閣諸島問題について、中国は棚上げ方針を自らが一方的に破り覇権主義になっていることを世界に発信しなければいけない。日本が実効支配しており歴史的にも国際法上も固有の領土であることが明確にもかかわず、中国が台湾、チベット、新疆ウイグル問題と同列の問題として位置づけていることを世界にアピールする必要がある。それを強烈に印象付けるのはビデオである。

 ビデオについては国会に委ねるといって、ここでも政府の主導性が曖昧だ。もっと早く公開すべきであったが、いまからでも政府の判断で世界に向けて公表すべきだ。アジア欧州会議について、日中首脳会談が鍵のような報道もあるが、それにこだわるよりむしろ中国の覇権主義的国家戦略を多国間で封じこめるきっかけとすべきだろう。

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