フジタ社員釈放で動いた細野豪志「特使」の知られざる「中国ホットライン」

 中国河北省石家荘の軍事施設をビデオ撮影していたとして公安当局によって拘束されていたゼネコン準大手のフジタ社員4人のうち3人が、中国最大の祝祭日・国慶節の前日の9月30日に釈放され、帰国した。

 今回のフジタ社員釈放に当たって、9月29日午後、北京入りした民主党の細野豪志前幹事長代理が中国外交の責任者である戴秉国・国務委員(副首相級)と同日夕に釣魚台迎賓館で会談するなど釈放実現に大きな役割を果たしたという『朝日新聞』(9月30日付朝刊)報道は正しい。

 では、なぜ細野氏が事実上の「首相特使」であったのか。先ず、7日に発生した沖縄県・尖閣諸島沖で発生した中国漁船衝突事件以降の出来事を時系列的に見てみよう。

 検察当局が海上保安庁によって公務執行妨害容疑で逮捕された中国人船長の拘留延長を決定したのは19日。

 それまで仙谷由人官房長官を中心とする官邸サイドは、略式起訴・強制退去処分で決着させる腹積もりであり、水面下で中国側との接触を行っていた。

 そうした中、中国の劉洪才・駐北朝鮮大使(前中国共産党中央対外連絡部副部長)が極秘裏に12日から15日まで日本を訪れている。

 同大使は1989年から約3年間、在京中国大使館に参事官として勤務した知日派である。党中央対外連絡部長を歴任した戴秉国氏にも近い人物だ。その劉洪才氏の東京滞在中に接触したのが細野氏であった。

 細野氏は2005年12月、当時、民主党代表だった前原誠司外相の中国訪問に同行している。訪中直前に前原氏はワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)で講演、増額の一途を辿る中国の軍事費について重大な懸念を表明した。

 以来、「中国脅威論者」としての評価が定着した。その前原氏が、北京で会談した当時の唐家・国務委員(現中日友好協会名誉顧問)との間で熾烈な論争を行ったことも話題となったことがある。この会談に同席した細野氏は、これを逆手に取り、党対外連絡部対日政策実務責任者の劉洪才、実務担当の李郡氏らとのパイプを拓いたのである。

 そして今回、劉洪才大使がピョンヤンからわざわざ東京に出向き、会ったのは当時幹事長の枝野幸男現幹事長代理ではなく細野氏であった。これが中国流スタイルである。日中国交正常化交の日本側の立役者である故田中角栄、故大平正芳両元首相の例を持ち出すまでもなく、中国は「井戸を掘った人物」を大切にする。

細野氏の同行した民主党のキーマン

 菅直人首相も仙谷官房長官もともに細野氏を「派遣」したことを否定するが、訪中直前に仙谷官房長官の了解を得ていたことは間違いない。細野訪中に同行したのが内閣官房専門調査員でもある民主党政調会の須川清司部長であることがそれを如実に物語っている。

 米国通の須川氏は今年初め、鳩山由紀夫政権が普天間問題で揺れ動いた時期に当時の岡田克也外相政策秘書とワシントンを訪れ、国務、国防両省の実務者レベルと接触したことがあった。

 いずれにしても、漁船衝突事件のソフトランディング解決策を模索していた頃に接触した細野・劉洪才ラインが始動したのは、23日夜に外交ルートを通じて通報されたフジタ社員4人の拘束(拘束は20日)があったからだ。

 その後、民主党有数の中国通であり上海万博視察を予定していた海江田万里経済財政相が、拘束したのは公安当局ではなく人民解放軍である可能性が高いとの情報を得た。

 そこで海江田氏が個人の資格で北京に立ち寄り、中国側との水面下での交渉を行う案も検討されたが、現職閣僚ということから立ち消えとなった。そして結局、もともと22日に来日が予定されていた李郡氏から電話連絡があり、細野氏訪中が決まったのである。

 菅直人政権及び民主党執行部に中国との裏チャンネルがないとの指摘があるが、どうやら今後は細野氏の中国共産党中央対外連絡部(王家瑞部長)とのホットラインが機能することになりそうだ。

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