中身からっぽの「空き菅」政権につけ込む中国、ロシア、アメリカの「パワーゲーム」
「尖閣漁船問題」に続いてメドベージェフが
北方領土上陸を画策

 中国漁船衝突事件をはじめ菅直人政権をとりまく内外情勢があわただしく動いている。一連の展開であきらかになったのは、菅政権が主体性をもって事態に対応しない、あるいは対応できないために、中国やロシアさらには米国のようなパワフル・アクター(当事者)たちから日本が一方的に追い詰められている悲惨な現実である。

 沖縄県尖閣諸島沖で起きた中国漁船と巡視船の衝突事件は、中国が日本人4人の拘束や事実上のレアアース禁輸といった異例ともいえる強腰対応を続ける中、日本側が船長の釈放に応じて一段落した。

 外務省担当者が官邸で協議した後、那覇地検に状況説明し釈放に至った経緯からみて、検察の判断に政権の意向が反映したのは間違いなさそうだ。

 だが、菅政権は釈放はあくまで検察の判断として政治的関与を認めていない。政治判断であることを認めず、それによって政治責任もまた巧妙に避けているのである。

 中国側は船長釈放後、徐々に姿勢を軟化させ、30日には拘束した4人のうち1人を残して3人の身柄を解放した。レアアースの輸出規制も解除に向かった。日本側の対中姿勢が再び硬化しないように、中国は慎重に事態をコントロールしている。

 南の海で起きた中国との対立が解け始めると、今度は北の領土で新たな緊張が発生する。ロシアのメドべージェフ大統領は北方領土について「我が国にとって非常に重要な地域だ」と述べて、近く現地を訪問する意向を表明した。

 メドべージェフ大統領は直前に中国を公式訪問して胡錦涛国家主席と会談し、中国と歴史認識を共有する共同声明を発表している。中国漁船衝突事件で日本が腰砕けになった機をとらえて、ロシアも外交的成果の分け前にあずかろうとしているのはあきらかだ。

 米国も動いていた。

 クリントン国務長官が尖閣諸島にも日米安保条約第5条(共同防衛)が適用されることを表明した舞台裏で、米国は核開発疑惑があるイラン制裁の一環として、日本にイランのアザデガン油田開発から撤退するよう求めていた。

 撤退しなければ、油田開発にかかわっている政府系企業の国際石油開発帝石(INPEX)が米政府の制裁対象企業になり、今後の事業展開が難しくなる事情はあった。だが、漁船衝突問題で借りができた米国に、日本がイラン制裁問題で逆らいにくかったのもたしかである。日本は結局、撤退を決めた。

 こうした展開は相互に関連している。

 ひと言で言えば、日本のパワーが衰えているから、周辺国が相対的にパワーと存在感を強めているのだ。なぜ日本のパワーが衰えたかといえば、根本的には民主党政権に代わって以来、政権自体が空洞化しているからである。

 私は拙著『官邸敗北』で鳩山由紀夫前政権の空洞化状況を「ドーナツ化現象」として説明した。ドーナツは周りがふわふわとして甘いが、中心は空っぽだ。そうした事態を象徴していたのは、米軍の普天間飛行場移設問題だった。

 民主党の2009年政権公約(マニフェスト)は在日米軍基地のあり方について「見直しの方向で臨む」と選択肢の幅をもたせて記述していたのに、鳩山自身が選挙戦最中に「県外、国外」と訴えてしまった。すると外相や防衛相、官房長官らがそれぞれ勝手なアイデアを喋り始めて、大迷走を繰り広げたのはご承知の通りだ。

 政権中枢に基本方針がないまま、首相と閣僚がてんでばらばらに走ったのである。

 10年度予算編成でも、同じような光景があった。廃止を公約していたガソリン税暫定税率の扱いについて、ぎりぎりまで方針が決まらず結局、内閣の一員ではない小沢一郎幹事長(当時)の裁断によって廃止先送りで決着した。

 この決着が一つの引き金になって、藤井裕久財務相(当時)は閣僚を辞任している。

 内閣が政策を決められずに、政権中枢に力の空白状態が生じる。すると、閣外の実力者(パワフル・アクターの小沢)が舞台の袖から登場し、舞台中央に躍り出る。その結果として、相対的に力の弱いアクター(藤井)が舞台から押し出されてしまった。

 つまり、政権のドーナツ化が必然的にパワフル・アクターを舞台中央に呼び寄せてしまうのである。それは、あたかも物理の法則にしたがって真空状態が周辺物を吸い込む現象のようなものだ。

繰り返される中国、ロシアの「テスト」

 鳩山前政権では、ドーナツ化がパワフル・アクターを呼び込む現象は内政段階にとどまっていた。ところが菅政権になって、ドーナツ化は中国やロシアというパワフル・アクターの隣国を招き寄せて、ついに外交・国際関係にまで悪影響を及ぼし始めた。菅首相不在の間に船長釈放が決まったのは「権力の空白」を見事に象徴している。

 ドーナツ化した鳩山政権下で起きた普天間問題の迷走が日米同盟に亀裂を招いた。

 それが中国が今回、異例とも言える強腰姿勢を続けた理由の一つである。日本の安全保障基盤が揺らいでいるのを絶好の機会とみて、中国は「日本が米国のバックアップなしに、どこまで突っ張れるのか」テストしたのである。

 仙谷由人官房長官は中国の出方を見誤って、事態のコントロールに失敗した挙げ句、船長を釈放せざるをえなくなった。内閣支持率の低下は避けられないだろう。民主党内からも批判が出るありさまで、政権の求心力は一段と衰えた。

 中国のテスト成功を見て、ロシアも日本を試しにかかっている。

 米国は「菅首相、米国のありがたさが分かったかい? だから、普天間問題を早く片付けなさいよ」と内心冷ややかに見つめているはずだ。

 まさしく外交は内政の延長である。

 事態を立て直すためには、どうしたら良いか。

 中国とロシアのパワーゲームに対抗するには、まず普天間問題を解決して日米同盟を固め直すことが不可欠である。そのうえで、内閣が最終責任をもって一貫した対処方針を決めなければならない。

 政権が基本方針を決めずに「地検の判断を了とする」というような形式議論に逃げているなら、権力の中心が空洞化した「空き缶」ならぬ「空き菅」政権のドーナツ化が、さらに進むだけだ。そうなれば中国も、それからロシアも、また同じようなテストを繰り返すだろう。

 (文中敬称略)

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