俺たちのガンプラ30年史 [前編]

「どこまでもリアルに」第1号を作った職人の開発秘話
FORZA STYLE

 実は村松にとって、自身が図面を引いた代表作は、ガンダムではなく蒸気自動車の「ペンデル・プリンセス号」だという。また、村松は戦車や戦闘機など実在する兵器を多く手掛けている。村松は雑誌に掲載されたガンダムのイラストを集め、穴の開くほど眺めて図面を引いた。

「それまでもロボット物の設計は経験がありました。しかし、ガンダムのシナリオに触れ、初めて『アニメキャラではなく本物の兵器らしく作りたい』という気持ちになったんです。ガンダムの舞台は戦争であり、ロボットは兵器です。その戦争映画さながらという設定の面白さを感じ、『これは、いける!』と設計に魂を入れる気持ちが高まったんです」

 戦車などの設計経験のある村松は、銃弾を撃ち込まれるガンダムを想像した。実物の戦車や戦闘機だったら、弾丸を逸らしてダメージを軽減するために、装甲の表面に緩いカーブをつけるのが常識。だったら、ガンダムだって、四角い箱のようなロボットではないはずだ。二の腕や腿にカーブをつけて、より実戦に向けた形に近づけなくては—。

村松氏がガンプラ第1号の設計図を前に語る。ガンプラの進化には目を見張るという

 しかも、最初から販売価格は300円と決められ、箱のサイズは小さかった。必然、ガンダムは小型になる。

 資料は雑誌のイラストくらいで、正面と側面しか描かれていない。アニメの設定では全高が18mとあるが、腕や足の長さは不明だ。村松が、特に苦心したのはガンダムの立ち姿だった。

 足がそろうと、しっかり直立するが見栄えが悪い。逆に脚を開かせすぎると、踏ん張っているようで格好悪い。

 図面の各パーツにコンパスを当てて村松は呻吟し、存在しないロボット型兵器の"辻褄"を合わせていった。2次元のガンダムをこの世に顕現させるため、村松が命を吹き込んだと言っていい。

 '80年2月20日に設計図を引き終わった村松が図面のガンダムの全高を測ると、126㎜であった。アニメの設定の全高は18mだから縮尺はおよそ1/144となる。

「1/144は国際スケールじゃないか!」

 国際スケールとは、世界で統一されているプラモデルの縮尺基準だ。自分の設計が、偶然にもその基準にぴたりとハマったことに村松は驚愕し、図面に「1/144」と鉛筆で走り書きした。

「僕は『この偶然はいい!』と思って、上司と相談して、初のガンプラは1/144の国際スケールでいくと決まったんです。パッケージに『1/144』という表示が入れば、実在物を再現した大人向けプラモという雰囲気を演出できますから」

 価格は300円。最初の出荷数は4万個。社内では「20万個も売れれば成功」と見込まれていた。だが、発売初日から大反響を巻き起こしたガンプラは、大ヒットの手応え十分だった。当時、バンダイの営業部員だった大下聡(57=現・バンダイビジュアル社長)は、当時を振り返った。

「携帯電話がない時代でしたから、会社から私宛ての電話が問屋さんにかかってきて『すぐ帰ってこい。電話が殺到して大変だ』と言われたんです。