『失敗の技術 人生が思惑通りにいかない理由』
著者:マルコム・グラッドウェル 翻訳:勝間和代

◎担当編集者よりの紹介◎
『THE NEW YORKER  傑作選2 失敗の技術人生が思惑通りにいかない理由』
著者:マルコム・グラッドウェル
講談社
定価1470円(税込)
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「世界でもっとも人気のあるコラムニスト」
マルコム・グラッドウェルの傑作エッセイ集から第2弾をお届けします。

 第1巻「ケチャップの謎」では、世界を大きく変えた"小さな世界の天才"たちの物語でしたが、第2巻のテーマは「人生が思惑通りにいかない理由」。人間が、問題や課題を解決しようとしても、なかなかうまくいかないのは、そもそも「問題解決のためのセオリーや前提」が間違っているからではないか? 

 そう考えたグラッドウェルは、企業スキャンダルや、乳がん検診、諜報活動(インテリジェンス)やスペースシャトルの爆発事故など、さまざまな実例を挙げながら、「人間の思い込み」と「現実」が如何に乖離したものであるかを、ズバリと解き明かしていきます。

 今回、お読みいただくのは、訳者の勝間和代さんをして「いちばん面白かった」と言わしめた第8章「一〇〇万ドルのマレー」です。アメリカでも深刻な社会問題になっているホームレスですが、グラッドウェルは「そもそも問題解決のための方法が間違っているのではないか」と鋭く見抜きます。

 キーワードは「正規分布」と「べき乗則」の違い。ホームレス問題に携わる行政関係者、専門家の方はもちろん、「社会事象を社会科学のデータで斬る」醍醐味を味わいたい方、必読の名コラムです!

 なお、グラッドウェルの「読みどころ」について、勝間さんに Ustream にてじっくりと語っていただいた動画(担当編集の私も出ております・笑)がこちらでご覧いただけます。

[第8章] 一〇〇万ドルのマレー
ホームレスのような問題は、その都度
対処するよりも一気に解決するほうが簡単かも知れない理由

正規分布(ベル型曲線=左)と、冪乗則(べきじょうそく)のグラフ(右)。
問題の本質をどのようにとらえるかで解決策も変わってくる

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 元海兵隊所属のマレー・バーは身長六フィート(約一八三センチ)、頑丈な体つきのクマのような男だ。だから彼が倒れたら─これは日課みたいなものだが─大の大人が二、三人で抱き起こさなければならない。まっすぐの黒髪。オリーブ色の肌。出没先のストリートでは"スモーキー"と呼ばれている。歯はほとんどないが、最高の笑顔の持ち主だ。みんな、マレーが大好きだ。

 好きな酒はウォッカ。「ビールなんぞは馬の小便」だそうだ。

 マレーは、ネバダ州西部にある賭博と売春が合法の街、リノの歓楽街でホームレスをしている。この街では、二五〇ミリリットル入りの安いウォッカがひと壜たったの一・五ドルで買える。懐具合が良ければ七五〇ミリリットルのボトルにするし、無一文のときは他のホームレスと同じことをする。カジノに入って行き、ゲームテーブルに置きっぱなしのグラスの飲み残しを空にするのだ。

「マレーが泥酔しているときは、一日に何度も保護したもんだよ」と語るのは、自転車警官(バイシクル・コップ)のパトリック・オブライエンだ。

「べろんべろんに酔っぱらってるときは、道端で拾って酔いを醒まさせる。でも二、三時間後に解放されたら、また同じことの繰り返しだ。たいていのホームレスは飲んでばかりで、ひどく怒りっぽい。態度は驚くほど不快だし、粗暴で、言葉遣いも最悪だ。

 だけど、マレーはあの通りの性格だしユーモアのセンスもぴかいちだから、なんとか我慢できる。彼が僕らを口汚く罵っているとき『マレー、みんな君のことが大好きなのは知ってるだろ?』と言うと、こう答える。『ああ、知ってるさ』─そしてまた、僕たちを罵りはじめるんだ」

「僕は一五年、警官をしている」。オブライエンの相棒のスティーブ・ジョンズも言う。

「その間ずっとマレーを道で拾い続けた。もちろん文字通りの意味でね」

 オブライエンとジョンズはマレーに酒をやめるよう懇願した。そして今から数年前、マレーは治療プログラムを受け、施設に軟禁され、見事に更生した。仕事に就き、真面目に働いた。

 しばらくたってプログラムが終わった。

「プログラムを卒業すると、報告すべき相手がいなくなる」とオブライエン。

「海兵隊員という経歴のせいかどうかわからない。たぶんそうなんだろうが、マレーは腕のいい料理人で、一時は六〇〇〇ドルを超える貯金があった。きちんと職場にも通い、求められることはすべてこなした。みんなで『おめでとう』と祝福しながらマレーをストリートに戻したよ。そのとたん、彼はその六〇〇〇ドルを一週間かそこらで全部遣い切ってしまったんだ」

 警察のトラ箱にも入れられないほど泥酔しているときは、よくセントメアリー病院やウォッシュー医療センターに搬送された。マーラ・ジョンズはセントメアリー病院の救急治療室でソーシャルワーカーとして働き、週に何度もマレーの姿を見かけた。