武富士の落日と「個人向け金融ビジネス」
の将来

銀行系だけが生き残ってはいるが・・・

 消費者金融大手の武富士が会社更生法申請に向けて最終調整に入った。『日本経済新聞』(9月27日、夕刊)によると、実務を知る経営陣の一部が残留する「DIP型会社更生」と呼ばれるスキームを検討しているようで、スポンサーを探して来年7月の更生計画認可を目指すという。

 5年前は1兆5000億円以上あった営業貸付金が、今年の3月期には5800億円まで落ち込み、6月には5100億円に減っていた。昨年9月頃からは新規貸し付けをほぼ停止して手元流動性の確保に努め、生き残りを図っていたと見られる。

 だが、今後、改正貸金業法の厳格適用によって、ビジネス規模を回復することは相当に難しそうだ。この状況で、過払い利息の返還請求がのしかかってきては、とても耐えきれたものではない。過払い利息の返還請求は現在までに1700億円あるが、全額行われると2兆5000億円に及ぶ。

 利息制限法の利息で貸せる顧客に貸して、さらに年収の1/3の総量規制の枠内にこれを納めなければならないのだから、どんな規模でビジネスが成立するのか見当が付かないが、会社更生手続きによって過払い利息の返還請求に決着をつけて、残ったビジネス資源をスポンサーに買い取って貰う再生を目指すということだろう。

 往時にあって、いわゆるグレーゾーン金利の上限であった出資法の制限である29.2%での貸し付けがなぜ可能で、しかも、それが事後的に過払い返還請求の対象になるのか、途中で司法の判断が絡んでいたとしても、消費者金融業界に対する金融監督行政が適切だったとはとても思えないが、これが現実だ(筆者はそもそも29.2%で貸すことを黙認し続けたのが誤りだったと考えている)。

 かつてあれほど収益を上げていて、一時は日本の金融業ビジネス・モデルで唯一の成功例であるかのようにも見えた消費者金融業界はすっかり様変わりした。NHKのニュースによると、平成18年には全国で1万4000社あった貸金業者は、今年の7月には3050社に減ったという。

 大手上位2社の、三井住友銀行系のプロミスと、三菱東京UFJ銀行系のアコムが生き残るのだとすると、消費者金融も結局メガバンクの領土となった観がある。

 日本の金融行政は、銀行を守り、銀行に稼がせることを大きな方針としてきたように見える。投資信託の販売を認め、さらに保険の販売を認めて、証券・保険に固有のビジネスを分け与えて銀行の手数料収入の足しにしたのに加えて、今度は、長期的に消費者向けの小口貸し付けビジネスも銀行グループに与えようとしているように見える。

 また、証券・保険・ノンバンク・消費者金融の何れについても、銀行がグループ企業として株式を保有し、コントロールすることを認めており、大手銀行を中心に金融グループを形成することを後押ししようとする意図が大蔵省時代から金融監督行政には一貫してある。

 当局は、銀行は一流と認めても良いが、証券・生損保・ノンバンク・消費者金融などは一段格落ちする「信用するに足らない連中」だと考えていて、銀行を通じて日本の金融ビジネスをコントロールするのが正しい秩序だと思っているのかも知れない。

 それでは、銀行にとって、個人相手の小口の金融のビジネスは有望なのだろうか。利息制限法の上限である20%(元本10万円未満)、18%(同10万以上~100万円未満)、15%(100万円以上)という金利上限のビジネスは果たして儲かるのだろうか。

 推測だが、メガバンクの顧客基盤があれば、これまでの消費者金融会社が相手にしていたような返済能力(家族・親戚・会社などを合わせた)ぎりぎりまで高金利で貸し込むことが出来るような顧客を対象にしなくとも、十分収益を上げることが出来るだろう。小口且つ多数を相手にするので、リスクの分散も利く。

 もう少し安全な顧客に対象を絞り込んでも、収益を得るに十分な数を確保することは出来るだろう。

 このゾーンのビジネスを銀行本体、消費者金融子会社、信販子会社(カード会社)、などどこに振り分けるかは別として、「借金する人」(必ずしも本質的なニーズがあるわけではなくとも)は容易に見つけることができるだろう。消費者金融業界が急縮小したことで生じた残存者メリットもある。

 ところで、利息制限法が残っている理由は、15%~20%といった金利の借金を返すことがそもそも困難であるか、返済が可能であるとしても経済行為として愚かである場合が多いことが根拠だろう。

 人間は直近の効用を過大評価する傾向がある(行動経済学でいう「双曲割引」)のに加えて、消費者金融のお金の使い途である娯楽やギャンブルには時には依存症に至る習慣性があり、借金について合理的な判断が出来にくい。

 金利の上限制限は個人の自由な選択に対する過剰介入のようでもあるが、こうした事情を考えると、一種のパターナリズムとして認められていいように思われる。簡単に借金ができることが、本人のためにならないケースは少なくあるまい。「ご利用は計画的に」が可能な人は、そもそもこの種の借金の厄介にはならない。

 また、15%や18%といっても、借金が重い負担であることは変わらない。通常、機関投資家が株式投資に対して設定する期待リターンは、高くても金利プラス6%くらいのものなので、現在の金利だと、その倍以上にもなる。年率15%は、普通の生産性で稼げる利回りではない。油断すると広範囲の「低温火傷」を招くに十分な金利だ。

割りにあわないローンについて国民への教育も必要

 日本の銀行は伝統的な融資業務の伸び悩みを、富裕顧客からは資産運用の手数料で、非富裕層からは将来の稼ぎをローンの金利で掠め取るビジネスモデルで補おうとしているように見える。世界的にトレーディング業務のリスクは制限される傾向にあり、投資銀行業務がもう一つ軌道に乗らない日本の銀行にとって、消費者金融分野は、ここで稼がねばならない大きなビジネス分野となりつつある。

 最近は、メガバンクで普通預金のキャッシュカードを作ると、クレジットカード機能を付加することを強く勧められる。

 漫然とカード機能を付加して、このカードを使い、意味もなくリボルビング払いにして、意識せぬ間に高利を稼がれるような金融リテラシーの低い顧客は少なくない。銀行は、かつての消費者金融会社ほどの強面ではないが、多くの顧客を借金に誘う「優しい悪魔」のような存在だ。

 グループ会社も含めて銀行によって行われる個人向けの小口ローンビジネスは合法ではあるが、少なくとも個人にとってその利用を奨励できるような代物ではない。

 投資がリスクはあってもリターンが高いので個人一般に奨励できる行為だとするなら、借金は、投資に期待できるリターンを遙かに上回る利回りを払う行為なので、その不利性には、少なくとも「貯蓄から、投資へ」のキャンペーン以上の熱意をもって啓蒙すべきものだ。投資教育だけでなく、ローンに関する教育も国民の各層に十分行き渡らせることが重要だ。

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