円売り・ドル買い「非不胎化介入」で露呈した日本銀行「独立性」の欺瞞
それはご主人様に仕える召使いの自由にすぎない

 政府・日銀が15日に実施した円売り・ドル買い介入について、日銀は当初から今回の介入が市場に介入資金を放置する、いわゆる「非不胎化介入」であることを、なかば公言していた。これは異例の展開だ。

日銀が事実上の金融緩和をするのは、手順を別とすれば政策的に正しい方向である。

だが、非不胎化介入の事実を日銀自身が高らかに公言するのは、一歩間違えると、日銀がひごろ求めてやまない「独立性」を自ら損なう問題点をはらんでいる。自分たちが守ろうとする日銀の独立性を自分の手で汚しているのである。

白川方明総裁はじめ日銀幹部たちの言動をみると、どうもその点の認識が欠けているというか、きわめて甘いようだ。いったい自分たちがなにをしているのか、分かっているのだろうか。

まず非不胎化介入について、あらためてポイントを整理する。

日銀が自分自身の円を使ってドル買い介入するなら、市中(民間市場)に新たな円マネーが供給される。このマネーを後で日銀が売りオペで吸収する場合が「不胎化」であり、市場に放置する場合が「非不胎化」だ。

ドル買い介入の非不胎化は新たな円マネーを市場に供給するのと同じなので、金融緩和になる。

ところが、日本で為替介入を実施するのは日銀ではない。財務省である。日銀は財務省の代理人にすぎない。そこから話がややこしくなる。

財務省はドル買い介入すると決めても、まずドルを買うための円資金を自ら調達しなければならない。財務省は政府短期証券(FB)を発行し、市中から円を調達する仕組みになっている。

ところが、実務に詳しい市場関係者によれば、実際の手順として、財務省は一時的に日銀にFBを引き受けさせている。日銀から一時的に調達した後、数日から1カ月程度してから、あらためて市中向けにFBを発行し、そこで得た資金を使って日銀に引き受けさせたFBを償還する慣行になっている、という。

「なぜ、そんな面倒な手順を踏むかというと、財務省がいきなり市中向けにFBを発行すると、民間銀行に『政府・日銀が市場介入するようだ』とばれてしまうからです」(市場関係者)。介入情報が市場に漏れるのを防ぐために、いったん日銀から資金調達しているのだ。

今回も財務省はひとまず日銀にFBを引き受けさせて円資金を調達した後、ドル買い介入を実施したもようだ。その後、財務省があらためて市中向けにFBを発行したという情報は流れていない。

したがって、日銀がFBと引き換えに財務省に渡した円資金を吸収せず、ドル買い介入後も市中に残ったままなら、少なくとも現時点では非不胎化介入になる。

慣行にしたがうなら、いずれ遠からず財務省は市中向けにFBを発行する。それで得た資金を日銀に渡して最初のFBを償還すれば、マネーの量は最終的に変化しない。それなら結局、非不胎化介入にはならない。


  だが、その場合でも日銀が財務省の介入に合わせて買いオペなどで資金を市中に供給するなら、事実上の非不胎化介入と同じになる。

  とはいえ、いまの段階で、そこまで話を詰める必要はないだろう。

さしあたって重要なのは、財務省がドル買い介入で市中に提供した円マネーを日銀が吸収したかどうか、である。日銀は吸収していないようだ。

今回の介入を振り返ると、まず白川総裁が介入当日の15日に「強力な金融緩和を推進し、潤沢な資金供給を行う」という談話を出した。

野田忠男審議委員も同じ日に講演で「日銀としては介入資金の活用も視野に入れながら潤沢な資金供給を行っていくことになる」とあきらかにした。これで、メディアや市場関係者には「今回は非不胎化介入だ」とばれてしまった。

それだけではない。


白川総裁はダメ押しのように21日、読売新聞のインタビューで「介入資金も含め、潤沢な資金供給をしていく。この姿勢は今後も変わらない」と語った。

つまり、日銀は最初から「今回の介入は非不胎化ですよ」と市場に知らせたかったようだ。なぜか。これは推測だが、政府の金融緩和要求に間接的に応じることで、本格的な緩和圧力をかわしたかったからではないか。

ここからが本題である。

介入を非不胎化することで実質的に金融緩和するのは、中央銀行の姿勢として本来、邪道ではないのか。

そもそも介入するかどうか、するとすれば実施のタイミング、さらに介入規模と、すべて財務省が決定権限を握っている。そんな財務省の決定にしたがって、日銀が「ドル買いで財務省が市場に放出した円はそのまま放置します」というなら、事実上、金融政策の権限を財務省に譲り渡したのと同じになる。

言い換えれば、日銀は「すべて御意のままに」というように、財務省に追随してしまう形になってしまうのである。

救いがたい日銀の断末魔

 金融緩和が必要と判断するなら、非不胎化介入ではなく、国債買い切りオペの拡大など、日銀が財務省に相談することなく主体的に決められる手段はほかにいくらでもある。

そういう手段の独立性を維持することが、本来の中央銀行の独立性である。

肝心かなめの金融政策手段をめぐって財務省に追随しておきながら「私たちは独立性を求める」などと声高に叫んだところで、まったくの茶番にすぎない。

それは、あたかも召使がご主人様の城の中で働いていながら「いつトイレに入るか、私には自由がある」と唱えるようなものだ。

最終的には政府の言い分に従うくせに一応、抵抗するポーズはとる。ここ数年の日銀はずっとそういうスタンスだった。今回は政府のあからさまな緩和要求を蹴飛ばしたいあまり「私たちは非不胎化しています」と大宣伝した。

財務省との駆け引きにとらわれるあまり、とどのつまりは、自分たちが最終的に守らねばならない「金融手段の独立性」さえも失いかけている。

まったく、救いがたい日銀の断末魔である。

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