雑誌
日本振興銀行破綻「竹中平蔵元金融担当相と金融庁の責任」
国内初ペイオフ発動 木村剛前会長の後見人
と言うべき立場だったのではないか
金融庁の検査忌避容疑で逮捕・起訴された木村前会長。取り調べに対して、否認の姿勢は崩れていないという 〔PHOTO〕結束武郎

「日本振興銀行の破綻後、竹中平蔵元金融担当大臣は、各マスコミに『取材は一切お断りさせていただいている』という一方的なコメントを出したまま、逃げ回っています。そもそも竹中氏は、振興銀の銀行免許を認可した当人。現職ではないからといって、逃げられる立場ではありません。ひと言あって、然るべきです」(全国紙経済部デスク)

 経営再建中だった振興銀は9月10日、債務超過に陥ったとして自主再建を断念し、金融庁に破綻を申請した。政府と預金保険機構は預金保険法に基づき、預金を一定額(元本1000万円とその利息)までしか保護しない「ペイオフ」を国内で初めて発動した。

 規制緩和、銀行業務の自由化を標榜した小泉政権下の'04年に誕生した同行は、設立後わずか6年で息絶えたのである。

 振興銀といえば、今年7月に木村剛前会長ら旧経営陣が銀行法違反(検査忌避)容疑で警視庁に逮捕・起訴されたことが記憶に新しい。その後2ヵ月、振興銀では、同行の社外取締役から社長に就任した作家・江上剛氏が舵取りをしてきた。しかし実は、振興銀の自主再建への道は、とうの昔に断たれていた。

 前出の経済部デスクが解説する。

「振興銀の新経営陣が算出した債務超過の額は約1800億円に上ります。江上氏ら新経営陣も、最終的に出てきた数字があまりに巨額で、手の打ちようがなくなった。しかし金融庁サイドは、木村被告らの逮捕後、増資の引受先を探すなど奔走していた新経営陣を冷ややかに見ていた。

 というのも、金融庁内では、今年3月頃には振興銀の破綻は不可避と判断し、粛々とペイオフ発動に向けて下準備を進めていたからです」

 9月13日からは、全国16店舗の振興銀の窓口で預金解約受け付けが始まったが、初日の解約金は約50億円。預金全体の1%弱で、大きな混乱はなかった。

 とはいえ、国内初のペイオフ発動は、最悪の事態には違いはない。その責任は、同行の実質的創業者であり社長、会長を歴任した木村被告にあると言えよう。しかし、振興銀の設立を審査し、指導・監督する立場にあった金融行政の責任も免れない。冒頭にもある通り、その筆頭格が、小泉政権下で金融政策をほぼ一任されていた竹中氏なのである。

自見金融相も名指しで批判

 竹中氏は金融担当大臣を務めていた'02年、敏腕経営コンサルタントとして活躍していた木村被告を、金融庁の金融分野緊急対応戦略プロジェクトチーム(通称・竹中チーム)に金融庁顧問として招聘。その後、木村被告は竹中氏のブレーンとして金融再生プランの作成に尽力。一方で、木村被告は振興銀設立の中心メンバーとして開業準備にも携わっていた。

 そして'04年4月、金融庁は振興銀の開業を認可したのだが、実はこの審査内容については、当時から疑問視する声が噴出していた。経済ジャーナリストの須田慎一郎氏はこう話す。

「振興銀は、予備申請からわずか8ヵ月後に認可が下りた。同時期に銀行業に参入した、セブン銀行(旧アイワイバンク)やソニー銀行への認可が、1年以上かかったのに比べて異例の早さでした。

 審査が拙速に過ぎるという声だけではなく、スピード認可のウラに竹中氏と木村被告の蜜月があるのではないかとの見方もあった。"李下に冠を正さず"の言葉通り、木村被告と竹中氏は、申請する側と認可を与える側としては、その関係が近過ぎた」

 振興銀の設立認可についての竹中氏の責任問題については、現職の自見(じみ)庄三郎金融担当相も、経営破綻発表があった9月10日の会見で、「竹中氏の道義的責任は免れない」と名指しで批判している。

金融庁を退官後、民間企業に就職した五味氏。自宅で庭いじりしているところを直撃したが、回答はなかった 〔PHOTO〕足立百合

 また、竹中氏とともに木村被告の盟友として知られる五味廣文(ひろふみ)元金融庁長官の責任も重いとする声は多い。

 五味氏は現職時代、木村被告が編集長を務める経済誌『フィナンシャル・ジャパン』の創刊準備号で、木村被告と対談しエールを送るなど、その昵懇ぶりは有名だった。

「五味氏は振興銀スタート後の'04年7月から3年間、金融庁長官を務めました。その間、振興銀は金融庁検査も受けている。

 金融関係者の間では振興銀の経営不振と不良債権問題が何度も話題になったが、結局、改善命令などが発動されることはなかった」(須田氏)

 振興銀の元行員は、こんな当時のエピソードを明かす。

「'06年7月に、五味さんの金融庁長官続投が決まった時、木村さんのご機嫌ぶりといったらなかった。朝から方々ぼうに電話をかけ、『いやぁ、続投になりましたねぇ』と嬉々として話していました。やはり、木村さんにとって、五味さんという後ろ盾は相当大きかったのでしょう」

 もっとも、竹中氏も五味氏も振興銀の経営に関与したわけではなく、直接的に経営破綻の責めを負うわけではない。しかしながら、現職時は振興銀の設立認可に関わり、指導・監督する立場にもあった。当然、説明責任はあるはずだ。

 本誌は、改めて竹中氏の事務所に取材を申し込んだが、「海外出張中のため対応しかねる」とのみ回答した。五味氏はどう答えるか。自宅で五味氏を直撃すると、「(現在勤務している会社から)何も話すなと言われている」とだけ話した。

 竹中氏は'06年9月に政界を引退後、慶応大学教授、社団法人日本経済研究センター研究顧問、アカデミーヒルズ理事長などの華々しい肩書を掲げて、テレビの討論番組などにも出演。積極的に言論活動を行っている。世界の政財界トップが年初に集い、世界経済などについて議論するダボス会議にも、毎年出席している。

 経済の専門家として、言論人として、振興銀破綻についてだけはコメントできないとするのは、おかしな話である。

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