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膨大なクルマの処理に頭を痛める自治体
東日本大震災被災車両24万台の行方

東日本大震災で多くのクルマが津波に流された。その数は岩手、宮城、福島の3県で約23万6000台。あのクルマたちはどうなるのだろうか? 被災車両のその後を追ってみた

 東日本大震災で津波の被害を受けたクルマは岩手、宮城、福島の3県で少なくとも23万6000台にのぼるとみられ、内訳は宮城県が約14万6000台、福島県が約5万台、岩手県は約4万台ということだ。

 津波は多くの人命や財産を奪ったが、奪うだけではなく多くの廃棄物を生んだ。家やがれき、流された自動車もそのひとつだ。そしてこの被災車両の処理に各自治体が頭を痛めている。

 津波で流されたクルマが幹線道路を塞ぎ、復旧の妨げとなった。各自治体はクルマの撤去を進めるが、損傷の大きな被災車両は危険なためにレッカー移動ではなく、クレーンで引き上げトラックなどに乗せ移動させているという。時間も手間もお金もかかる。

 しかも、そのまま廃棄するわけにはいかない。クルマには財産権があるため、一時保管し所有者の同意を取り付けなければならないからだ。さらに一時保管場所探しも容易ではない。1 (100m×100m)におけるクルマは1000台弱。当然、3台なり4台なりを積み上げて保管することになるが、荷物を取り出せなくなることやクルマを傷つけてしまうことなど問題も多く、1台ずつを基本としているところもある。

 保管したうえで所有者に連絡することになるが、この作業がとにかくたいへんなのだという。このあたりの事情を処理に追われる宮城県多賀城市の道路公園課に聞いてみた。

 多賀城市は市の南部に仙台塩釜港がある。ここは日本各地から自動車運搬船を受け入れ、東北の各方面にクルマを輸送していた。またトヨタ系の関東自動車(岩手県金ヶ崎町)やセントラル自動車(宮城県大衡村)の新車積み出し港としても、利用され特定重要港湾に指定されている拠点だった。そしてトヨタや日産、スズキ、ダイハツのモータープールがあり、今回の震災で新車数千台のクルマが津波で市内に流れ、あちこちで無惨な姿となった新車が残された。

東北有数の車両積み出し港だった仙台塩釜港も甚大な被害を受け、車載トレーラーが無惨な姿をみせていた
道路の復旧はまず車両の移動から始まった

 とにかく復旧のためには、幹線道路を通さなければならず、重機をフル回転して作業にあたったが、震災直後は燃料不足から思うように作業がはかどらなかったという。ようやく燃料の問題が解決すると、新たな問題にぶちあたった。

 車両保管場所である。平らで広い場所が求められ、学校のグラウンドや河川敷、公園などに保管されたが、路面が土のところでは雨に降られるとぬかるんで作業効率が落ちてしまう。

 幸い多賀城市は日産からモータープールを無償提供するという話があり、助かったという。とはいえ、保管もたいへんで、車内に私物がある場合を想定し、24時間態勢で警備員をおき、盗難に備えているといった苦労はある。

処分には所有者への通知、公告が必要

 担当者に聞くと、ここからがたいへんだという。まず、一台一台所有者に保管している旨を通知しなければならない。ナンバーがあればナンバーから、ナンバーがなければ、車体番号を確認し、陸運局に問い合わせ、所有者の特定を進めている。また愛車がどこにあるのか? という問い合わせに対して答えるほか、県や市町村のホームページで保管自動車リストを作成し公開しているのだ。ただし、国道上から撤去されると国交省、県道上から撤去されると宮城県の管轄となってしまうといい、すべてを把握できていないのが実情だ。

 所有者がわかっても避難先がわからない場合のほか、すでに亡くなっていたり、行方不明になったりしている場合も多いという。この場合公告期間終了を待って運輸支局が職権で抹消登録することになる。また仮に通知できたとしても引き取る意志がない場合も多い。その場合は県のほうで廃車続きを行なうことになる。

 岩手県や宮城県では一時保管している車両のナンバーや車種を県や市町村のホームページでリストを公開しているが、公告期間を過ぎても所有者が名乗り出ない場合は解体業者に引き渡すことにした。6カ月が法で定められている期限だが、保管場所がいっぱいなため、順次処理していくということだ。廃車同然の保管車両の処分がこれでようやく進むことになる。なお車内にある個人の私物に関しては遺失物として取り扱われるとのこと。

 被災車両の移動、保管、廃車にかかった費用に対してはそうとうな費用が発生するが、これは基本的には国が負担する方向だという。

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