社長の風景

目立つのが苦手な私。その代わり、裏方として皆を盛り上げるのが大好きです

オリエンタルランド 上西京一郎

2010年10月01日(金)
週刊現代
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 東京ディズニーランドが浦安に登場して27年経つが、'09年には過去最高益を更新するなど、その魅力は今も幅広く受け入れられている。運営するのは、創立50周年を迎えたオリエンタルランド。率いるのは上西京一郎代表取締役社長(兼)COO(52歳)だ。

ファースト

 子供の頃、『巨人の星』を読んでプロ野球選手にあこがれて、中学まで野球三昧でした。ファーストが得意で、中でも「捕ること」に目覚めました。

目立つのが苦手な私。その代わり、裏方として皆を盛り上げるのが大好きですうえにし・きょういちろう/'58年、東京都新宿区生まれ。
中央大学附属中学・高校を経て、'80年中央大学文学部卒業、同年オリエンタルランドへ入社。
'95年、現会長(兼)CEOの加賀見俊夫氏が社長に就任すると、同年、秘書室へ異動。
'03年に取締役入りし、昨年4月、代表取締役社長(兼)COOに抜擢された

 サードやショートがヘンな球を放ってきても、体を伸ばして必死で捕る。派手さはないけど、チームにとっては欠かせないプレー。これが性に合って、楽しくて仕方なくなったんです。

下落合

 子供の頃から友達はいっぱいいましたが、その割に自分が目立つのは大の苦手でした。もともとそういう性格なんです。遊び場所は(東京・新宿区の)下落合と中井あたり。

 小学生の頃は近所の友達とベーゴマで遊び、大きくなると、高田馬場や石神井公園まで自転車で行くようになりました。

天職

 中央大学の文学部を卒業し、'80年、米ディズニー社との契約調印後第1期の採用でオリエンタルランドに入社しました。

 大手食品メーカーから内定をいただいていたんですが、なぜか会社訪問もしていなかったオリエンタルランドから「一緒にディズニーをやってみないか」といった内容のダイレクトメールが送られてきた。

 読むと、「ディズニープロジェクト」の詳細が書いてあったんです。コミュニケーションを大事にするテーマパークという理念が気に入って、「人に喜んでもらう仕事なら今後も長く続けられるだろう」と面接を受けました。

無名時代

 ただ、私が入社したのはまだ開園前の時期。周囲から「何の会社だ」と聞かれた時は困りました。「ディズニーランドを作るんだよ」と言っても、みんな、「ふーん」「ほんとうにできるのか」と(笑)。

 でも私の父は、たまたまディズニープロジェクトを知っていた知人から「こんな分厚い資料があって・・・」と聞かされていて、まだ無名だった会社に安心して送り出してくれたんです。

奇跡

 開園前後の6年間、文書・契約等を扱う総務の仕事をし、その後「人と関わる仕事がしたい」と異動願を出し、スポンサー業務部という部署へ異動しました。記憶に残っているのは、パナソニックさんの提供で『スター・ツアーズ』がオープンした時のことです。

 オープニングセレモニーにジョージ・ルーカスさんをお呼びしたんですが、7月上旬の梅雨時で、当日も天気が悪かったんです。しかし、セレモニーの時だけ雨がやんで、晴れ間さえのぞいて・・・あれはディズニーマジックでしたね。ちなみに、東京ディズニーシーの開園の際も同じようにセレモニーの時だけ晴れ、本当に驚きました。

ファン

 実は私も、ディズニーが大好きです。家が東京ディズニーランドから近い千葉の原木中山にあるので、土曜日によくふらっとパークを散歩します。

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