瀬戸内寂聴vs塩野七生「人生を語ろう、愛を語ろう!」 「現代ビジネス」創刊記念対談〔前編〕

2010年01月18日(月) 現代ビジネス

現代ビジネス賢者の知恵

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塩野 そんなことありませんけど。わたしは息子のガールフレンドに一切会ったことがないんです。そしてもし彼が結婚したら、これだけは息子の奥さんに頼もうかと思っているんです。「あらゆることは一切、わたしはやる暇がないから、姑を持ったなんて思うな。そのかわり年に一回、息子と二人だけで食事をさせてくれ」って。

瀬戸内 うん、いいわね。家族はいらないとーー。

塩野 だって親はいかに上手にコミュニケーションが取れるようになるか考えながら子供を育てるでしょう。ところがお嫁さんというのはいかにして人間関係を保つかにこだわる。だから同じ愛情といったってやっぱり違うんです。

瀬戸内 たしかにわたしが育てていたら、こんなことはいわせないとか、こんなことはさせないということはありますね。そのたびにこれはすべてわたしが悪かったんだと思って、絶対子供にはいわないことにしているの。高校からずっとアメリカで暮らしているから、日本語があまり読めない。だからわたしの小説もわからないの。それでやれやれと思うんだけど。

塩野 そんなことはないですよ。わたしは息子に英訳を読んでもらっています。

瀬戸内 それは上等なものばかり残していらっしゃるじゃない。わたしは読まれたら困ることばっかり書いているから。

塩野 ただわたし、離婚した前の亭主に恨みを持ったことは一度もないんです。むしろ感謝しています。だってイタリア人医師である彼を通じて地中海文明に入れたんです。彼にとって地中海世界というのは体内に流れている血みたいなのね。だけどわたしみたいな奥さんが身近にいたら大変だったんでしょう。

瀬戸内 でも何年も一緒にいたんでしょう。

塩野 東京で産婦人科の学術会議があって、日本側の議長をした東大の教授が「きみたちはなんたることか。優秀な作家をイタリアの同業者に奪われて」っていったわけ。そしたらうちの彼が立って「いえ、あなた方は実に賢い選択をなされたんです。あなた方はうちの奥さんの書いたものを読んでいるだけ。ぼくはそれがつくられている過程を見てるんです」と反論した。ここまではよかったんですが、わたしはステーキみたいな女ですから、彼は、毎日はちょっと耐えられなくなったのでしょう。だから私のほうから本と原稿用紙とペンと息子とメイドを連れて出たんです。だからわたし離婚して2度とーー結婚は一度で結構だと思っています。瀬戸内先生はどうですか。

瀬戸内 だっていまさら考えてどうするの。

塩野 違います。離婚したあとの若いときはどう思われたのですか。

瀬戸内 わたしももう結婚はしたくなかった。だってね、相手が可愛そうだもの。いや最後の男と付き合っているときに、どうしても同棲しなきゃ相手が納得しなかったんです。本当は男のほうは結婚したかった。でもわたしはもう結婚はしたくなかったの。じゃあ一緒に住みましょう。表札も出しましょう。そこまでいったんですよ。すると初めは嬉しがっていたんだけど、だんだん夜、帰って来なくなる。真夜中に戻ってくるんです。わたしは仕事しているからいいんだけど、ちょっと気になって、「あなた、毎日毎日、夜遅いけどどうして? もうちょっと早く帰宅して早く寝たほうは体にいんじゃない」なんていったの。そしたらこの家に帰って来ると、わたしが仕事していてビーンと空気が張りつめていて、厚いガラスの戸をトンカチでぶち破って入らなければ入れないっていうの。それでつい飲んで酔っぱらった勢いで帰るんだっていった。

塩野 目に浮かびますね、その光景は。わたしは午前中しか書かないけれど、やっぱりそういう感じだったのかも。

瀬戸内 それでまだ彼はわたしより若いし、普通の結婚して子供をつくったほうがいいからと思い「あ、じゃ、もう別れよう。出て行っていいよ」といったけど、なかなかそうしないから、わたしが家出したの。

塩野 先生も出るほうなんだ。

瀬戸内 うん。

塩野 山田五十鈴は男と別れるとき、全部置いて裸一貫で出ていったそうです。何だかわたしたち似ていますね。

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