瀬戸内 そのあと『田村俊子』を同人誌で書いたのを読んでくれた文藝春秋のお偉いさんの車谷弘さんが「これはとてもいいから最後まで書いたらうちで出しましょう」といってくれた。文藝春秋から本が出るなんて嬉しくてすぐ書いた。そしたら車谷さんが本当に本にしてくれたの。そのとき「1万2千部でやりましょう」って。
塩野 凄いじゃないですか。

瀬戸内 わたしも本当? って思ったの。でも実際に売れたのは4千部でした(笑)。当たり前のことですが、きっと販売部は、こんな名もない人を使ってと思ったんでしょう。
塩野 第3作の『神の代理人』のとき、「中央公論」の編集長だった粕谷一希さんに「やっと2百万円になりました」っていったら、「月ですか」って応じるから、「そんなはずないじゃないですか。年ですよ」と返すと、粕谷さんは気の毒そうな顔をして黙ってしまった。
瀬戸内 そう、若いとき筆一本でやっていくって大変です。明治の作家は、筆は一本、箸は二本ってやせ我慢していたんです。
塩野 わたしはどんなふうに作家生活を始めるか知りませんでした。古井由吉はわたしの高校時代の同級生で、彼がいうには「きみはだいたい同人誌の経験がないというのがすぐわかる。あんな長々と平然と書く」。
瀬戸内 だいたいあなたはスタートから違うのね、まさにサラブレッドね。
塩野 いつか山田詠美と対談したとき、顰蹙を買ったんですが「わたしたちは原稿売り込んだ経験がない」っていったんです。
瀬戸内 わたしもないの。ただ少女小説を執筆していたころ、奇特な出版社の社長がいて「あなた小説書いてても、うちの原稿料は安いしほかにあまり注文もなさそうだし、ほかの仕事をしながらされたらどうですか」といわれて、高校の先生になる試験を受けなさいって勧められたんです。でも勉強なんかしてないから、何が出るかわからない。試験場に行ったら大勢の人が並んでる。前の人に「ちょっとあなた悪いけどそのノートを覗かして」って見たのが出て、ヤマが当たって受かっちゃたんです。
塩野 わたしは、試験は弱いんです。瀬戸内先生は強運な人なんだ。
瀬戸内 教師になることを勧めた出版社の人が「せっかく通ったんだからいい学校紹介します」といって、いい女学校に赴任することになった。そのときわたしははっと気付きました。だいたいわたし、先生という仕事が好きなんです。女学校に行ったらいい先生になろうと夢中になってしまうから、もう小説は書けなくなると思って、土壇場で断わったの。
塩野 人生の岐路というか、どっちに曲がればいいかっていう瞬間はありますよね。わたしもある時期、特派員にならないかって誘われたことがありました。そうすれば生活は安定するなって思ったけど、やっぱり断わりました。
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