中国
明治乳業の粉ミルクが飛ぶように売れる中国のインターネットショッピング事情
市場は毎年倍々ゲームで拡大
近藤 大介 プロフィール

 「金秋」と呼ばれる9月の北京の夕空は、殊の外、耽美である。中でも、ポプラ並木が連なる「工体北路」の目抜き通りは、北京在住の欧州人たちが「北京のシャンゼリゼ通り」と絶賛するだけあって、夕刻ともなると、流行ファッションに身を包んだOLたちが、颯爽と闊歩している。

 「工体北路」の西の端にあるスタバは、そんなOLたちの格好の待ち合わせ場所で、OLたちは、この夏大人気だった「抹茶星氷楽」(抹茶フラペチーノ)や「氷焦糖玛奇朵」(アイスキャラメルマキアート)を片手に、ハンドバックから携帯パソコンを取り出し、無我夢中に画面を探り出す。

 彼女たちのお目当ては、「団購」(団体購入)と呼ばれるネットサイトである。インターネットショッピングの最先端を行く「団購」はいま、急激なインフレで家計を圧迫されているOLたちの、格好の「避難場所」と化している。

 私の右横のOLは、「格魯」という「団購サイト」が30分ほど前に「団購」を始めた人気化粧品「ベネフィット・ムーン・ビーン」の画面をジッと見入っている。通常80元(1元=約12.6円)のこの化粧品が、35元で買える。ただし、制限時間の24時間以内に、10人以上が買わないといけない。

 8人、9人、10人・・・。瞬く間に購買者が増えていく。そのOLは、「制限時間まであと23時間15分6秒」というところで、購入ボタンを押した。16人目の購買者だった。

 彼女は懲りずに、別の「団購サイト」である「聚楽掏」のサイトを開いた。こちらは、80元もするチェーン店の「牛魔王拉面」(高級牛肉ラーメン)を、9元で食べようという「団購」だった。だが、あと9時間19分18秒で締め切りというのに、応募者はいまだゼロ。そのOLも、フンという感じで携帯パソコンを閉じると、携帯電話を取り出して、何やら「短信」(ショートメール)を打ち始めた。

 この「牛魔王拉面」は、実は「二匹目のドジョウ」を狙ったものだった。いまから遡ること約2ヵ月、7月15日に北京のチェーン店「陳阿婆火鍋」が行ったセットメニュー132元→19元のセールは、24時間で3万2000食! を売り切ったのだった。一夜のうちに、陳阿婆火鍋は、北京で一番有名な火鍋店になってしまった。

 この火鍋店の「団購」の成功は、もう一つの意味で画期的なこととなった。これまでネットショッピングの顧客は、「月光族」などと呼ばれ、どちらかといえば家に引きこもりがちな若者が多かった。

 そんな彼らのうち、北京在住の3万2000人をも、たとえ火鍋料理を食べるためとはいえ、家の外へ引きずり出すことに成功したのである。「団購」が、通常のネットショッピングから頭一つ抜け出した瞬間だった。

 美団網、愛家団、団酷網、家有団、可可団、愛幇網、飯団・・・。中国電子商務研究センターの調査によれば、今年上半期の時点で、ネット上に、すでに485社の「団購サイト」が登場した。同研究センターは、今年の年末までに、880社くらいまで増えるだろうと予測する。最大手の「美団網」は、月間で延べ200万人が、商品を購入している。

 「団購」する商品は、ラーメンから冷蔵庫まで、多種多様だ。現在、「中関村」(北京のシリコンバレー)を中心に、約2万人の"IT青年"たちが、この新業界に関わっているとされる。

 中国で、ネットショッピングのブームに火がついたのは、2003年春に起こったSARS騒動だった。自宅にいながら商品を購入できるネットショッピングなら、SARSの感染を恐れずに済むというわけだ。この時、杭州で英語教師をやっていた馬雲氏が興したアリババ社の「掏宝」が一世を風靡した。

 「掏宝」はいまや、中国ネットショップの84.4%を占める寡占状態となっており、「アリババ帝国」と称される。この7月より、ソフトバンクと提携して日本市場にも進出した。

 中国のネットショッピングの販売額は、2008年が1257億元で、昨年は2586億元に達した。だが今年は、上半期だけですでに、2118億元に達している。つまり、毎年倍々で、市場規模は拡大の一途を辿っているのである。今年は、ネットショッピングの占める割合が、全体の5%近くまでいくと予測されている。

粉ミルクをねらい打ちにした課税措置

 この中国のネットショッピングの勃興は、「中国頼み」の日本経済にも、この上ない追い風となるに違いない。

 例えば、いまネットショッピングで一番人気の商品と言えば、明治乳業の粉ミルクである。粉ミルクは、最近ある中国の調査会社が行った「中国人がもらって嬉しい海外商品ランキング」で、17%を獲得し、トップに立った。中国では2年前に、毒性粉ミルクによって乳幼児が次々に死んでいくという痛ましい事件が起こった。

 そしてこの夏には、やはり毒性粉ミルクによって「性早熟奇形児」が大量発生し、大きな社会問題になっている。わずか5歳の女の子が、豊満な乳房を持ったりしているのだ。

 このため、乳幼児を持つ親たちの間では、絶対的な「安全神話」を誇る日本製粉ミルクの入手が急務になっている。そこで、ネットショッピングでは、明治乳業の粉ミルクが、一ヵ月に4000缶も売れる大ヒット商品となっているのだ。あまりに売れすぎて、「ニセ明治乳業粉ミルク」まで叛乱する状況になってしまったが。

 中国じゅうの親たちが、明治乳業の粉ミルクに殺到するようでは、中国政府のメンツは丸つぶれである。このため中国政府は9月より、これまで500元以下の個人輸入商品を対象に行ってきた免税措置を、50元以下に引き下げた。課税額は、モノによっては5割もかかる。

 ひと缶約200元の明治乳業の粉ミルクをターゲットにしたのは一目瞭然だ。この措置によって、日本製のファッションやら化粧品までも、とばっちりを受ける結果となってしまった。

 一見煌びやかに映る中国ビジネスに、「安全神話」はないということだ。

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