「会社はカネを儲けるマシンではない。会社はその人の人生や家庭を預かっていると真剣に考えよ」
企業とは詰まるところ、人に尽きる。その当たり前の事実を愚直に考え続けた人事のプロがいた。彼の「遺言」には、不況に喘ぐ日本企業が今こそ立ち返るべき原点が示されている。
[取材・文:井上久男(ジャーナリスト)]
55歳で無念の死
「『人は城、人は石垣、人は堀』これは人こそが組織の要であると信じ、生涯城砦を築かなかった武田信玄の言葉といわれています。この故事を持ち出すまでもなく我々人事労務に携わる者は会社や社会にとって極めて重要な仕事に携わっています」(畑隆司著『人事は愛!』より)
トヨタ自動車の業績に勢いがない。赤字からはどうにか脱却できたが、本田技研工業や日産自動車の回復ぶりに比べて大きく見劣りする。第1四半期(今年4月-6月)連結決算のデータを比較すれば一目瞭然だ。営業利益を売上高で割る営業利益率では、トヨタが4.3%なのに対し、本田は9.9%、日産は8.2%。トヨタは本田や日産の半分程度しか稼いでいないことがわかる。
しかも、世界規模でリコール問題が発生、ブランドイメージは地に堕ちた。トヨタは世界で30万人以上の社員を抱える巨大グローバル企業でありながら、日本の本社に権限が集中し過ぎていた。それなのに、意思決定をする本社にリアルタイムで正確な情報が上がって来なくなり、危機管理対応で判断ミスを犯していたのだ。
こうした状況がなぜ起きたのだろうか。筆者は、ある一人の常務役員(執行役員)の死が影響しているように思えてならない。その常務役員とは、'09年7月16日に長い闘病生活を経て亡くなった畑隆司さんだ。享年55だった。
畑さんは1976(昭和51)年、大阪大経済学部を卒業後にトヨタ自動車販売(当時)に入社し、人事課に配属後、'84年から約2年間は法律事務所で研修。トヨタ最大の生産子会社である米国法人(ケンタッキー工場)が操業開始の頃に出向し、労務・安全衛生を担当した。
帰国後は人事部企画室長などを歴任。'00年に新設のグローバル人事部長、'03年に常務役員に就任し、人事畑一筋だった。
病床にあっても畑さんは秘書部などを担当し、役員を退任することはなかった。トヨタの畑さんに対する期待の表れでもあったのだろう。「豊田章男社長も社長になる以前から畑さんのことを高く評価していた」(関係筋)と言われる。
その畑さんの功績を敢えてひとつ挙げれば、トヨタの人事制度のグローバル化を図ろうとしたことだ。初代グローバル人事部長に就任し、海外事業が拡大する中で、国籍を問わない人材の起用などを目指す制度を導入。研修の仕組みも改めた。当時の日本企業としては、最先端の制度だった。
新聞記者をしていた筆者は、畑さんがグローバル人事部長になる前に知り合った。トヨタの春闘は賃金相場をリードするため、多くのマスコミが取材に来るが、労務担当役員の横で補佐役をしていたのが畑さんだった。
外部の意見を大切にするオープンマインドの人でもあった。筆者はある知人を介して1999年9月18日の土曜日、名古屋市内のホテルの一室を半日借り切って、青臭い書生論のような今後のトヨタのあるべき像を議論したこともあった。頭脳明晰で理路整然としながらも、熱く語る話しぶりが印象的だった。
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