メディア・マスコミ
なぜ買収ファンドが調査報道NPOを資金支援するのか
経営難の地方紙を手に入れた「ハゲタカ」は…

 日本では「ハゲタカ」と見なされることも多い買収ファンド。利益ではなく公益を目標に掲げる民間非営利団体(NPO)の設立を支援することがあるだろうか。

 そんな事例がアメリカのメディア業界にはある。

 2009年春、人口136万人の南カリフォルニア・サンディエゴ。ここで発行される唯一の地元紙サンディエゴ・ユニオン・トリビューン(SDUT)は大リストラの真っただ中に置かれ、社員のだれもが不安におののいていた。

 経営難からSDUTは身売りを強いられ、400人に上った編集局の陣容は半減しそうだった。将来を不安に思い、割増退職金を受け取って早期退職する記者が続出。会社にしがみついても、強制解雇されるかもしれなかった。

 編集局内最大の取材部隊「メトロデスク」を率いていたロリー・ハーンも、SDUTにとどまる理由を見いだせなかった。仮に解雇を免れても、やりたくない仕事をやらされるだろう――こう思った。

 それには訳がある。ハーンはSDUTでは調査報道の責任者でもあり、「調査報道こそジャーナリズムの真骨頂」と考えていた。ところが、調査報道は金食い虫の筆頭であり、真っ先にリストラ対象になる分野でもあった。

「このまま会社にとどまれば、調査報道班は解散させられるのは必死。ならば先手を打って飛び出そう」

 彼女は一か八かの行動に出た。自ら作ったリストラ案を手に、新オーナーと直談判したのだ。新オーナーは、南カリフォルニア・ビバリーヒルズに本拠を置く有力買収ファンド、プラチナム・エクイティだ。

 すでに、プラチナムからSDUTに再建請負人が送り込まれていた。最高リストラ責任者(CRO)の肩書を持つポール・ブリッドウェルだ。経営不振企業を立て直すプロであるものの、ジャーナリズムの経験は皆無だ。

 彼のオフィスを訪ねたハーンは切り出した。

「調査報道なくしてジャーナリズムとは言えません。SDUTが調査報道から撤退したら、読者の信頼を失いかねません」

「調査報道が重要だということは分かるけれども、あまりにコストがかかる。今は非常事態だから、悠長な事は言っていられない」

「名案があります。工夫すれば、コスト削減を実現しながら、調査報道の灯をともし続けることも可能です」

 35年の新聞記者経験を持つベテランであるハーンが提案したのは、調査報道班のスピンオフ(分離・独立)だった。具体的には、(1)ハーンは調査報道班を引き連れてSDUTを飛び出し、NPO「ウォッチドッグ・インスティテュート(WI)」を創設する(2)プラチナムはWIの創設資金を拠出する(3)SDUTはWIから調査報道記事の供給を受ける――といった内容だ。

「ファンドにとってはコスト削減が重要ですね。でも、この案を採用すれば、コスト削減につながる同時に、世間に向かって『わたしたちは調査報道の価値を認識しています。だから資金を投じてWI創設に協力するのです』とも言えます。どうですか?」

「うまくいくかもしれない。やってみようじゃないか」

 ハーンは、新聞経営に疎いブリッドウェルの説得に成功したのである。WI創設に際してどの程度の資金援助を受けたのか対外的に明らかにしていないが、「多額の金額を投じてもらえた」と話す。

アメリカでは紙媒体を持たない調査報道NPOが当たり前

 SDUTがプラチナムに買収されてからおよそ半年後の2009年秋、WIは業務を開始した。最初の記事は2009年10月にSDUTの1面に掲載された。

 プラチナムによるSDUT買収に際し、ハーンは4人の調査報道班をまるごと引き連れてSDUTを飛び出している(WIへ移籍したのは3人)。ハーンの独立に伴ってSDUTの調査報道班は消滅したのである。

 前回(「調査報道NPOは弱体化する新聞の救世主か」)も触れたように、SDUTが2006年にピュリツァー賞を受賞したのは、一連の調査報道で下院議員ランディ・カニンガムの収賄事件を暴いたためだ。調査報道は同紙の評価を高めるうえで大きな役割を果たしたにもかかわらず、真っ先にリストラ対象になった。

 WI移籍組のうちの1人が、WIの初代ワシントン支局長に就任予定のブルック・ウィリアムズだ。2001年に名門ミズーリ大学ジャーナリズムスクールを卒業して以来、一貫して調査報道を担当。昨年秋以降にSDUTが掲載したWI提供記事6本のうち、単独か連名で5本の署名記事を書いている。

 昨年夏まで勤めていたSDUTでは、彼女は調査報道のスター記者として鳴らしていた。辞める直前までの半年間で14本の調査報道記事を書き、このうち5本で1面を飾った。サンディエゴ市の土地疑惑を暴き、カリフォルニア新聞発行者協会(CNPA)から「報道の自由賞」を授与されたこともある。

 アメリカでは、独自の紙媒体を持たずに調査報道を手掛けるNPOは珍しくなくなりつつある。

 調査報道NPOの草分けとしては、カリフォルニア・バークレーの「センター・フォー・インベスティゲーティブ・リーポーティング(CIR)」(1977年設立)やワシントンの「センター・フォー・パブリック・インテグリティー(CPI)」(1989年設立)がある。CPI創設者のチャールズ・ルイスはWI創設に際してハーンに助言している。

 2009年7月には、CIRとCPIの後押しを受けて「インベスティゲーティブ・ニューズ・ネットワーク(調査報道ネットワーク)」が発足した。アメリカ中で次々に誕生する調査報道NPOを束ねる上部組織といえる。現在、同ネットワークに加盟するNPOはWIも含めて40社に達する。

 ただ、WIのビジネスモデルは前例がないようだ。ジャーナリズム専門誌のコロンビア・ジャーナリズム・レビューは昨年11・12月号の「アメリカ・ジャーナリズムの再構築」という特集の中で、「サンディエゴで誕生したさまざまな新メディアの中でWIは最も特異な存在」と指摘している。

 というのも、新聞社が調査報道部門をNPOとしてスピンオフし、そのNPOに調査報道をアウトソース(業務委託)している形になっているからだ。しかも、主な資金源は買収ファンドである。

 買収ファンドとは何か。日本では、旧日本長期信用銀行(現新生銀行)を買収した米リップルウッドが元祖として知られている。阪神電気鉄道株を買い集めた「村上ファンド」やブルドックソースに敵対的買収を仕掛けた米スティール・パートナーズなども有名だ。

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