脱原発を決めた「メルケリズム」
[ドイツ]世論を政策に反映、一方で大衆迎合との批判も

6月6日の閣議決定で即時廃炉が決まったドイツ南西部のビブリス原発=5月26日

 ドイツ政府は2022年までに国内17基の原子力発電所をすべて廃止する方針を決めた。「フクシマ」の事故のショックが後押ししたことは否めない。脱原発の動きはイタリアやスイスへも広がっている。メルケル首相の決断の背景と思惑を探る。

 「メルケリズム」の勝利――。ドイツの連立与党が22年までの原発全廃で合意した5月30日、ドイツの有力週刊誌シュピーゲル(電子版)はこのように報じた。
福島第1原発の事故後、欧米主要国の中でいち早く「脱原発」を決めたドイツでは、メルケル首相の政治手法を意味するメルケリズム(メルケル主義)という言葉が頻繁にメディアに登場している。

 識者やジャーナリストがさまざまな定義を試みているが、大ざっぱに言ってしまえば、大衆が望むことに、自らを合わせていく姿勢、というようなスタイルだ。首相は今回も、ドイツ国民の間に渦巻く原発への不安を素早く政策決定に反映させた。英仏など北大西洋条約機構(NATO)主導のリビアでの軍事作戦にも、根強い世論の反対などを背景に、早々に不参加を決めた。

「メルケリズムとはインスタント民主主義。同じ女性宰相でも、情熱的で争いを好んだサッチャー英元首相と違い、メルケルは常に現実的で妥協を好む」(フォークス誌)との指摘もある。ポピュリズム(大衆迎合主義)と批判する向きも少なくない。

 確かに今回、首相の決断は速かった。東日本大震災の4日後の3月15日には、1980年以前から稼働する古い原発7基の一時停止を発表した。もともとドイツは電力の輸出国だったが、7基の原発を止めた影響で、3月下旬にはフランスやチェコなど近隣国からの電力輸入が超過する事態に陥った。

 フランスは発電量の8割を原発に依存しているため、「原発撤退を唱えながら、よりによって原発大国から輸入」と皮肉る声もあったが、脱原発への流れが揺らぐことはなかった。3月27日に投開票された南部バーデン・ビュルテンベルク州議会選挙では、反原発を党是に掲げる環境政党・緑の党が躍進。原発からの早期撤退は国民的な合意になっていった。

 だがドイツが脱原発を決めたのは、もともと福島の事故が起きるずっと前からだ。中道左派の社会民主党と緑の党が連立を組んだシュレーダー政権時代の02年、ドイツは22年ごろまでに原発を全廃することを既に決定し、関連法を成立させている。

 しかし中道右派のキリスト教民主・社会同盟と自由民主党のメルケル連立政権は昨年9月、この路線を修正。原子力に替わる太陽光や風力発電など再生可能エネルギーが思うように普及していない現状を理由に、原発稼動を最長14年間、延長することを決めた。

 忘れてはならないのは、メルケル政権が決めたのは「原発復活」ではなく、あくまで「全廃の先延ばし」だということだ。ドイツでは与野党とも基本的に「将来的な廃止」では一致しており、議論の対象は「時期」の設定に移っていた。福島の事故は、こうした中で起きたのだ。

代替エネ技術輸出を狙う

 メルケル首相は5月10日、外国人特派員との記者会見で「フクシマが私の考えを変えた。映像が脳裏に焼き付いて離れない」と何度も「フクシマ」を強調。脱原発を決めた理由として、福島の事故が直接のきっかけだったと明言した。脱原発は当初、選挙対策とも言われたが、物理学者でもある首相が語った「想定もしていない状況が、ドイツでも起きるかもしれないと考えた」との述懐には自身のショックがよく表れており、本音と思われる。

 だが首相に近い与党議員は「風力などの再生可能エネルギーを伸ばし、いずれは輸出商品にできるとの読みもあった」と説明する。原発から手を引く代わりに、技術大国として代替エネルギーを早い時期に国家産業に成長させ、いずれはそれで稼ぐ。こうしたしたたかな〝そろばん勘定〟があったのも事実だろう。

 原発閉鎖により、今後現実的に懸念されるのは電力不足だ。緯度の高いドイツは冬場に日照時間が減るため、太陽光発電にも過度の期待ができない。送電網を監督する連邦ネットワーク庁のクルト長官は「暖房などで電気使用量が増える冬には停電のおそれがある」と警告する。脱原発に突き進める理由として、島国の日本と違って陸続きの欧州では電力を融通し合えるという事情もあるが、当然、近隣国も冬場は暖房使用が増えるため、寒い時期に過剰な電力輸入はあてにできない。電力料金の値上げも予想され、1世帯当たり今後は年間1万円以上の出費増になるとの試算もある。

 また、二酸化炭素を排出する石炭への依存という問題も残る。ドイツは現在、発電量の23%を原子力に頼り、17%が再生可能エネルギー。残りの6割は石炭など主に火力だ。環境先進国として、地球温暖化に影響する二酸化炭素の削減を常に訴えてきたドイツだが、原発撤退により、皮肉にも今後も「石炭頼み」が続くことになる。

 こうした中、注目されるのは洋上風力発電だ。現在は北海とバルト海の6カ所で発電所が稼働し、さらに26カ所の建設が認可されている。認可済みの分が全て稼働すれば、原発8基分以上に相当すると見込まれている。約2万基の風車が稼働する陸上は建設場所が既に飽和状態のため、「洋上」に期待する声は大きい。今後は、北部の海からドイツ南部までの送電網整備が大きな課題となる。

 「ドイツは世界で最も有能で、経済的に成功した国の一つ。国民は電力不足を心配する必要はない。我々が歩む道は挑戦の連続だが、未来の世代にとっては大きなチャンスになる」。メルケル首相は5月30日、高らかにこう宣言した。政府は6月6日、国内17基の原発を22年までに順次停止することを正式に閣議決定した。大半の主要国が原発との付き合いを続ける中、ドイツは早々に決別の道を歩む。

 欧州屈指の経済大国による壮大な実験は、どこまで成功するのか。「見切り発車」との批判も根強いが、スイスやイタリアも既に脱原発を選択するなど、国際的な影響は決して小さくない。いずれにせよ、未知の領域に船出したドイツを導く「メルケリズム」から、今後も目を離せないのは確かなようだ。

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