ドイツ
原発事故の憂鬱と空疎な議論に関心を奪われて、いまの日本にいると外が見えなくなる
今、日本が抱えている一番大きな問題は、原発以外のニュースが、全部飛んでしまっていることだと思う〔PHOTO〕gettyimages

 ドイツへ戻って来た。日本に4週間いたが、今、日本が抱えている一番大きな問題は、原発以外のニュースが、全部飛んでしまっていることだと思う。もちろん福島は、未だに収拾の目途さえ付かないのだから、皆の関心が集まることはわかる。しかし、それにしても、どこを見ても原発の話ばかりになり過ぎている。

 原発関連の集まりにもいくつか出席したが、立派な学者や知識人たちの意見がいずれも千差万別で、なぜにここまで180度違った結論になるのかと訝しく思うことも多かった。だから、何を聞いても、何も読んでも、どれが真実だかわからない。

 論争するのは、巷の人間も同じだ。ここ3ヵ月以上、日本国民なら子供でさえ、原発の構造を知っている。「結局、うまくいったのは"制御棒"で"臨界"を停止させたところまでだった。すぐに"電源喪失"に陥り"燃料棒"が露出、"水素爆発"で"建屋"は破壊 され、"圧力抑制室"も損傷した。当初無事と思われていた"格納容器"と"圧力容器"も、実は"メルトダウン"が起こって損傷していたようだ。」といったことを、皆が話している。

 しかし、ここで""でくくった言葉は、人生を長くやって来た私が、3ヵ月前までは聞いたこともなかった言葉だ。今では言葉だけはすっかり覚えたが、実際には、原発の構造や核分裂が何かということはまるで分からない。居直るわけではないが、冷蔵庫の構造さえ分からないのに、原発の構造が分かるわけがない。

 それでも、「何マイクロシーベルトまでは安全だ」、「いや、本当の数値はこれだ!」と、皆が口角泡を飛ばして議論しているのを見ると、参加しなくてはいけない気分になる。なぜ、皆、突然こんなに博学になってしまったのかと、不審に思いながら。中には、「放射能は本当は身体に良いので浴びたほうがいい。ラドン温泉を見ろ」といった極論まで出るが、しかし、それを極論だと退けることさえ、知識不足のためできないのが情けない。ましてや、自説を構築することなどは、間違ってもできない。

病気の対策は医者にまかせたほうが建設的

 自説を構築することのできない素人が、では、何をするかというと、結局、一番信じられそうなことを言う人間に目星を付け、その意見を採用するしかない。悲しいかな、知識がないがために、学説を吟味するのではなく、人間の話し方や見てくれで決めるのだ。そして議論が必要となれば、その他人の意見を引っ張り出してきて、自分の意見のような顔をして主張する。ただ、もし、議論の相手も同じ経緯で自分の意見を形成しているとしたら、何と空虚なことであろうか。しかし、その可能性は高い。

 それでも、私たちは原発について読み、話すことを止められない。そもそも、事故が起こった時、まさかこんなことになるとは思っていなかった。だから、状況が好転しないことが、まず信じられない。国土の一部が立ち入り禁止地帯になってしまうことも信じられない。ましてや、先日までは「日本産」という言葉が安全な食品の代名詞だったのに、それが安全ではなくなるかしれないということなど、信じられないし、信じたくもない。

 お茶の葉からセシウムが見つかった? それは危険なのか、危険でないのか? どうすればいいのだろう。何も分からない。だから、救いを求めるように読む、そして、話す。私たちは、結局は打ちのめされているのだ。

 その一方、きっと最悪の事態は避けられるのではないかと、漠然と思っているところもある。これまで何十年も、日本の技術を信じ切ってきたのだ。それが、こんな形で終わるはずはない。私たちの気持ちは、希望と不安の間を行ったり来たりしている。

 ただ、当然のことだが、読めば読むほど、聞けば聞くほど、どこにもちゃんとした統計や実験結果があるわけではないということがわかってくる。だからこそ、あらゆる意見に、それと同じ数の反対意見が存在するのだ。将来、ガンや白血病が増えるという学説はある。しかし、たとえそうなっても、病気の原因を特定することは難しく、だから、それは放射性物質のせいではないという学説も成り立つだろう。

 広島のケースもチェルノブイリのケースも、いつもそうだった。こんなことなら、 病気の対策は医者に任せて、私たちは被災者の支援や復興といった具体的なことに取り組む方が、よほど実があるに違いない。

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