メディア・マスコミ
調査報道NPOは弱体化する新聞の救世主か
報道部門の大リストラが相次ぐ中で
調査報道NPO「ウォッチドッグ・インスティテュート」創設者のロリー・ハーン。

 南カリフォルニア・サンディエゴ唯一の地元紙、サンディエゴ・ユニオン・トリビューン(SDUT)。2006年、地元選出の下院議員ランディ・カニンガムの収賄事件を暴いてピュリツァー賞を受賞するなど、前途洋々だった。

 編集局の陣容は400人。このうち、サンディエゴの地元ニュースを扱う「メトロデスク」だけで100人の記者を抱えていた。メトロデスクの編集責任者ロリー・ハーンは、数年後にSDUTを飛び出し、調査報道専門の民間非営利団体(NPO)を立ち上げることになるとはつゆ思わなかった。

 2009年春、SDUTは経営難から身売りを強いられた。身売りと前後して、大リストラの嵐が吹き荒れた。早期退職やレイオフを通じて編集局の陣容は100人台へ急減。かつてのメトロデスクの規模と大して変わらなくなった。ピュリツァー賞受賞の原動力となったワシントン支局は閉鎖された。

 そんな状況下で、有力インターネット新聞「ハフィントン・ポスト」が7月21日に特ダネを放った。独自の調査報道に基づいて、下院議員ブライアン・ビルブレーのスキャンダルをにおわせたのだ。ビルブレーは、カニンガムの辞任に伴ってサンディエゴ地区で選出された下院議員だ。

 ハフィントン・ポストは、議会スタッフで作る葉巻愛好会に焦点を当て、「葉巻愛好会とは名ばかりで、実態はロビイストが議会スタッフや議員にすり寄るための道具」と断じた。この愛好会の発起人兼会長がビルブレーだ。

 ビルブレーは「第2のカニンガム」になるのか。その可能性が少しでもあるなら、カニンガム報道でピュリツァー賞を受賞したSDUTの出番だ。カニンガム同様にビルブレーはサンディエゴ地区選出の下院議員であり、同地区選出の下院議員のスキャンダルは地元ニュースだ。

 にもかかわらず、ビルブレーをめぐるニュース競争では、SDUTはハフィントン・ポストにあっさりと抜かれてしまった。ハフィントン・ポストはサンディエゴとは縁のないウェブサイトであるにもかかわらず、である。

 無理もない。SDUTはすでにワシントンから完全撤退し、ビルブレーを常時監視できる体制にはなかった。親会社コプレー・プレスを含めると、ピュリツァー賞受賞時に10人いたワシントン駐在記者数は支局閉鎖前に4人、閉鎖後にゼロになっていた。

「ウェブサイトに抜かれるなんて!」――。ハフィントン・ポストの特ダネを受け、SDUTの編集局内は騒然となった。ワシントンに記者がいないなか、編集幹部が途方に暮れていると、1本の電話が入った。

「番犬」という名前のNPO

「ビルブレー絡みで何か続報を打ちたいなら、協力できるかもしれない。近いうちにワシントン支局を開設する。準備のためにすでに記者を派遣している」

 電話の主は、数年前までSDUT最大の取材部隊メトロデスクを率いていたハーンだった。彼女はシニアエディターとして同紙調査報道班も指揮し、カニンガム報道にかかわったこともある。それだけに、「第2のカニンガム」を前提に直ちに行動し始めたのだ。

 ハーンは昨年、数人の記者を引き連れてSDUTを飛び出し、紙媒体を持たないNPO報道機関「ウォッチドッグ・インスティテュート(WI)」を創業した。「番犬」を意味する社名が象徴するように、「地元に調査報道をよみがえらせよう」をモットーにしている。

 ワシントン支局開設は時代に逆行した動きだ。というのも、SDUTと同様に新聞社は軒並み経営難に直面し、調査報道の拠点でもあるワシントン支局を縮小・閉鎖しているからだ。

 例えばトリビューン・カンパニー。2008年、傘下のロサンゼルス・タイムズやシカゴ・トリビューンなど各紙のワシントン支局を統合した。この結果、各紙合計で70人以上に上ったワシントン駐在記者数は、半分以下になった。

 ロサンゼルス・タイムズは、1970年代半ばから20年以上もワシントンン支局長を務めたジャック・ネルソン時代に市民権運動などの報道をリードし、黄金時代を迎えた。だが、独自のワシントン支局を失った今、ワシントン報道でニューヨーク・タイムズなどとまともに張り合えなくなった。

 アトランタ・ジャーナル・コンスティテューションなど17紙を発行するコックス・エンタープライゼズは、トリビューン以上に大胆なリストラに出た。2001年のブッシュ政権誕生時に17紙合計で30人以上をワシントンに配置していたのに、ブッシュ政権2期目が終わる2009年にはゼロにしていた。完全撤退である。

 海外支局を廃止しても、通信社電を使って国際ニュースを入手できる。同様に、ワシントン支局を廃止しても、やはり通信社電を使って中央政界の動きを紙面上で伝えられる。しかし、ワシントン支局なしでは、地方独自の視点に立ったワシントン報道は展開できない。

 では、地方独自の視点からワシントンでビルブレーを常時監視するのはだれなのか。

 地方紙ではない。サンディエゴに地元紙は1紙しか存在しない。ワシントン支局を持たないSDUTだ。かつてサンディエゴで競い合っていたサンディエゴ・ユニオンとイブニング・トリビューンの2紙は合併し、SDUTだけになっている。

 ワシントンに大勢の記者を配置し、全国的に影響力があるワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズといった有力紙でもない。全国ニュースに発展する可能性がない限り、個々の下院議員の行動に興味を示さない。

 言い換えると、ワシントンに記者を配置し、ビルブレーを密着取材する能力も意欲もある新聞は存在しなくなったのだ。

 ハーンは次のように話す。

「サンディエゴ郡と(サンディエゴ郡に隣接する)インペリアル郡で選出される下院議員は5人。2年前にSDUTがワシントン支局を閉鎖して以来、その5人がワシントンで何をやっているのか、だれも監視していない。大きな穴がぽっかり開いている」

 その穴を埋めようとしているのが、ハーンが創設したWIだ。9月7日にワシントン支局を新設する。

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