民主党代表選よりデフレ、円高、大不況を何とかしろ!

 民主党代表選をめぐるチキンゲームは、猛暑の不快指数を倍増させている。9月14日までつきあわされるのはウンザリだ。

 ついこの間、総理と幹事長の職を辞した2人が軽井沢に集まって、バーベキュー。なんと160人もの民主党国会議員が集結したとか。「気合だ、気合だ、気合だぁ」の三唱に至っては、「あんたらバカか」と思った人が多かった。

 小沢一郎氏が、代表選に出る出ないにかかわらず、民主党内権力構造は、小沢 vs. 反小沢となっている。ここで小沢氏がダミーを立てたり、水面下で握ってステルス支配を続けることは、日本の政治がの閉塞感を増長させる。

 一方、菅直人総理は1年生議員を囲い、「首相がコロコロ変わっていたら安定しない。3年後にダブル選挙をやればいい」と解散権まで封印して媚びを売った。

 もし、小沢氏をとり込んで挙党体制を作ることになれば、それは世論が許さない。小沢氏を重要ポストにつければ、小沢支配との烙印を押され、菅氏自らも沈んでいく。

 菅内閣の支持率が回復しているかのように見えるのは、他に代わる人がいないからであり、コロコロ代えるのは日本の恥、という実に消極的理由で支えられているにすぎない。

 今のような先行き不透明な時代、国民が総理に期待するのは指導力であり、実行力だ。菅氏にはそれが見えない。

 強制起訴の可能性が残る小沢氏は逆。自民党にあっても民主党にあっても、幹事長・代表時代は常に暴走ぎみの指導力・実行力を発揮した。結局、民主党には小沢一郎という自爆装置がある限り、政界再編が不可避の宿命として課せられているようなものだ。

 菅氏も小沢氏も似たように危うい存在だ。菅氏の危うさは、その日和見主義にある。菅氏の政治の師匠である市川房枝女史は、戦前、婦人参政権を求める運動を展開した人だが、戦時体制下では、国策に協力し、大政翼賛体制の一翼を担った(大日本婦人会、大日本報国言論会)。

 菅氏の政権交代後の言動は、野党時代と180度異なり、ファシズム体制が蔓延すれば、容易にその協力者となるであろうことが分かった。菅氏は自身をリアリストと呼んでいるらしいが、真の現実主義者は、ブレない信念と歴史認識を有した戦略家でなければならない。

 早野透氏の著書「政治家の本棚」(朝日新聞社)の中に、菅氏のインタビュー(1997年3月)がある。菅氏曰く「高杉晋作を一番好きな理由は、逃げ足が速いことなんだ・・・当時の長州は、勤皇派がとったり佐幕派がとったり・・・代わるたびに腹を切らなきゃいけないんじゃね。潔く腹を切るのは、一見いいけれども、それはあきらめだ。やばいと思ったらサッと逃げて、次のチャンスがあれば、またドドッと」。

 逃げ足が速いのは、同じ長州でも「逃げの小五郎」と言われた桂小五郎、後の木戸孝允である。

小沢コインを透かして見れば

 小沢氏の危うさは、マヌーバラビリティーの高さにある。実際の実力以上の力があるかのように見せる「張り子の虎パワー」は、自民党派閥政治の全盛時代には非常に有用だった。数合わせの政治力学が支配する世界では、まさに指導者の必須条件だったと言える。

 この小沢流パワー理論でいくと、政策の実現という目的と、権力の奪取という手段との関係は、極めて曖昧なものになる。つまり、自分を実力以上に強く大きく見せつけなれけばならないという要請のために、政策実現が権力奪取の手段と化し、バラマキ・人気取り何でもありの政治となっていく。

 政策実現と権力奪取は、本来コインの表裏の関係にある。しかし、小沢コインは透かして見ると、裏が見えてしまうシロモノだ。

 民主党の問題点は、第一に脱官僚・地域主権というアジェンダが風化し、単なる寄せ集め集団の政権になってしまったことである。基本的に自民党と同じだから、党内抗争を我慢するか、強圧的に封印している間は平穏だが、一端、戦いが勃発してしまうと、収拾がつかなくなる。

 第二に、昔の名前で出ていますという人達ばかり(菅・小沢・鳩山・前原・岡田)で、人材が育っていない。一度代表を経験した者の間でタライ回しをやっているうち、国民に飽きられるのは必至だ。

 第三に、国家経営の基本がまるでわかっていない。政権交代した時にまずやるべきだったのは、「官僚を選ぶ」こと。改革派の官僚や脱藩官僚を国家戦略スタッフ・大臣スタッフとして裏方につけるべきだったのに、やらなかった。一年過ぎて霞が関仲間内人事は、現職(休職)出向による天下り解禁により、更にバージョンアップされてしまった。

 第四に、国家経営の基本方針(外交・安保・日米中関係等)について日米同盟重視なのか、日米中正三角形論なのか、不明確であること。鳩山政権は日米中正三角形論で、普天間の県外・海外移設や東アジア共同体を唱えていたが、挫折した。菅政権は一体、本心はどうなのか、不明である。

 第五に、経済のわかる人があまりにも少ないこと。世界標準のマクロ経済政策についての理解が一部を除いて共有されていないことである。これは自民党にも言えたが、民主党はもっとヒドい。

 日銀総裁は自民党政権時代、経済財政諮問会議があったから、総理官邸にしょっちゅう来ていた。同会議で、金融政策の議論はしなかったが、その前後に総理と非公式会談はできたのである。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら