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vol.5 「今も残る満州帝国の遺物。長春で、日本人の構想力を考えた」はこちらをご覧ください。

 長春駅では大変だった。

 旅行会社の話では、長春-ハルピン間は、「最新型特別急行列車」で行く事になっていた。

 駅の特別待合室から、ホームに降りると、スルーガイドの顔色が変わった。

「いますぐ、荷物を持って階段を上ってください!」

 え、と聞き返すまでもなくガイド氏は階段を駆け上っている。とにかく非常事態だということは分かったので、リモワのトランクを抱えて階段を上りだした。

 降り立ったホームには、どう見ても「最新型特別急行列車」には見えない車両が停まっていた。

ハルピン市街●ロシア文化の影響が強く残る。士課街にある、雑多な商店に蝟集されたロシア正教会聖堂

 ガイドは、車掌を捉まえて、軟座の座席を十数枚買っている。

 なんで、そんなに沢山買うのだろう、と思ったが、謎はすぐ解けた。急行が一本キャンセルになったために、残りの編成に乗客が集中する。そのなかで、シートを確保するために、人数の数倍のチケットを買ったのだ。

 駅では、とんだ騒ぎだったが、長春市街を離れた後の、畑すら目に入らない、黒い土地の無限の広がりは見応えがあった。

 約五時間でハルピンに着いた。

 ハルピンは、ロシアが作った都市である。

 しかも、ロシアは渾身の力を注いで、満州に根拠地を作ろうとしたのである。

 満州のロシア支配の、最も初期に建設された、東清鉄道本社は、ウィーンの分離派―クリムトやオットー・ワグナー―のスタイルを踏襲したものであり、当時、「ヨーロッパ」の最新流行はまずハルピンに現れる、と語られた事を即座に納得してしまうほど、モダンなのだ。

 一方で、市内には煉瓦造りのロシア正教会の教会がいくつも残っている。

「文化大革命の時に、だいぶ壊されたんですがね」

 ガイド氏は云うけれど、ハルピンの市街のスカイラインは、聖堂抜きには語れないだろう。

 白く息を吐きながら、士課街の路地を巡った。市内でも、ロシア教会が建て込んでいる辺りだ。近づくと、聖堂周辺に、その軒や内陣を利用して建てつけられた商店が密集しているのだった。さらにその外周には、中古の電話ボックスを店舗にした、仕立て屋が蝟集しており、極寒のなか旺盛に商いをしているのだった。

甘粕正彦の無気味さに震えた殿山泰司の回想

 ハルピン市を貫く、松花江を越えて太陽島公園に行った。

 辺りは、まるっきりツルゲーネフの世界、と云いたくなるような具合に、ロシア流の別荘が並んでいる。日当たりのよい二階に、温室のようなガラス張りの部屋を備えた邸宅。

 分離派風のモダン建築や、ロシア正教会様式よりも、この別荘―ダーチャ―の連なりが、一番、強くロシア文化の残像を感じさせた。

 松花江は、凍りついている。

 どこから来たのか、中国人観光客が凍結した河面を走りまわっている。

 そのうちの一人が、河原から大きな石をもってきて、氷面に投げつけた。

「とんでもないですね。割れたらどうするつもりなんだろう」

 同行してくれていた、文藝春秋のI氏が云った。

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