社長の風景

すべてを前向きに考えるプラス思考。病気を経験してからそうなったんです

サッポロビール 寺坂史明

2010年08月27日(金) 週刊現代
週刊現代
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 '08年にビール類(発泡酒、第三のビールを含む)のシェアで、サントリーに業界3位の座を奪われたサッポロビール。だが、ビール事業での収益力は大幅に改善しつつあり、今年上半期ではシェアアップを達成した。今年を「反転攻勢の年」と位置づけ、社員一丸となって燃える同社の旗振り役が、寺坂史明社長(61歳)である。

地下鉄サリン事件

 実は'95年、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起きた時、私も小伝馬町駅で事件に遭遇したんです。電車を待っていると、ホームで突然吐き気を訴える人や、助けてと叫ぶ人がどんどん出てきた。何が起きているかわからなかったけど、電車からホームにサリンが蹴り出されていたんですね。ホームは被害者が溢れるパニック状態でした。

てらさか・ふみあき/'49年、宮崎県生まれ。
慶應大学法学部卒業後、'72年にサッポロビール(現サッポロホールディングス)入社。
'98年に営業本部宣伝部長に就任。以後、九州本部長などを歴任。専務執行役員マーケティング本部長時代には、ビールの主力ブランド(ヱビス)が過去最大の売り上げ高を達成した。
'10年3月に社長就任

 私は最初、身体に異常がなかったので、倒れて苦しんでいる人を介抱していました。ただそうしているうちに、私自身も視界が暗くなり、自力でタクシーを拾って病院に行きました。

若者観

 その事件の時、そそくさと階段を逃げていく乗客も少なくありませんでした。そういう人たちに向かって、私と一緒に救助にあたっていた当時25~26歳くらいの男性が、「人が倒れてるんだから助けてやれよ」と怒鳴っていました。

 「今の若い者は」と昔も今も年配者は批判がましいことを言いますが、私は「今の若い者もたいしたもんだ」と思ったものです。

肺結核

 苦労を売りにするつもりはありませんが、中学1年と高校1年の時には肺結核で丸々一学期の間学校に行けませんでした。登校できるようになっても、体育は見学。スポーツ大好き少年だったので、当時は悔しかった。

大事な葉書

 そうして病院で寝込んでいた時、集団就職していった中学の友人から「がんばれ」って葉書が届いたんです。中卒での集団就職が、まだ多かった時代です。自分は寝て療養してるだけでいいのに、同じ歳で家族のために働いている友人達がいる。「オレは何て恵まれているんだ」と思いました。その葉書は、今でも手元にあります。

放送記者志望

 まだまだ貧しい時代に育ちましたからね。穏やかで平和な社会になってほしいと願っていました。そんな理想に近づけるには、マスコミの力が重要だと思ったんです。ただ結局受かりませんでした。新聞記者でなく放送記者志望だったのは、テレビのほうが華やかに見えたからです(笑)。

社会人野球

 サッポロビールに入社したのは、高校時代の友人がいたから。当時のサッポロは社会人野球チームを持っていて、高校の同級生で甲子園出場者が2人も先に入社していたんです。

 しかも入社試験の日、その同級生と会社の食堂でばったり会ってしまった。その時、同級生から「昼飯食ってからは、野球の練習に行く」と聞いて、「午前中だけの仕事か、なんていい会社だ」と感じましてね(笑)。それに、明るくて躍動感のある会社でいいなと思って入社しました。

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