議会に独立した「原発事故調査委」を設置し、国会を罵詈雑言の場から政策議論の場に
明治以来の大改革は実現できるか
日本の国会の仕組み自体に根本的な問題がある〔PHOTO〕gettyimages

 国会論戦と言えば聞こえは良いが、結局は首相に罵詈雑言を浴びせ、早く辞めろと迫る。テレビ中継される国会のそんな様子に、多くの国民はホトホト嫌気がさしている。

「菅直人首相に指導力がないのは明らかだが、そんな菅さんの足を引っ張る事ばかりして国会議員は何を考えているんだ」

 東日本大震災の被災地住民ばかりでなく、多くの国民が、国会議員、とくに自民党をはじめとする野党議員の姿勢に疑問を抱いている。だが、国会議員がそんな無益な言い争いに明け暮れているように見えるのには訳がある。日本の国会の仕組み自体に根本的な問題があるのだ。

 日本の近代史を改めてひも解くまでもないが、国会が開設されたのは1890年(明治23年)である。明治維新以降、政府は存在したから、日本では国会ができるより前から政府はあったのである。つまり、行政はすでに行われていて、国会はそのチェック役として後から登場してきたわけだ。当然のことながら、国会審議とは政府の説明を聞く場、あるいは政府の対応を非難する場となった。

手足となるスタッフが足りない国会議員

 戦後の日本国憲法で国会は「国権の最高機関」と位置づけられ、立法府として行政府から独立するとされたが、実態は戦前の形を引き継いだ。国会に提出される法案の大半は政府が作る「閣法」と呼ばれるもので、国会が自主的に作る「議員立法」はごくごく稀。法案を作ろうにも議員には専門能力を持ったスタッフすらいないのだ。

 本来、立法府である国会の議員の役割は、自分たちの主張を法案にまとめ上げ、その法案を成立させることである。そのためには国会にはさまざまな調査を行う機関やスタッフが必要なのは言うまでもない。その手足がないから、未だに多くの国会議員が、「週刊誌の報道によれば・・・」と質問するハメになるのだ。

 そんな国会のあり方を変える契機になるかもしれない法案が、今、国会に提出されようとしている。「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会法案」である。政府が設置し、6月7日に初会合を開いた「事故調査・検証委員会」(委員長・畑村洋太郎東大名誉教授)とは別に、国会に事故調査委員会を設置しようというものだ。

 もともとは自民党の塩崎恭久・元官房長官が米国視察でスリーマイル島原子力発電所事故の際の米国の対応を調べている中で必要性を感じたものだという。自民党の政務調査会などが法案化を了承。公明党やみんなの党にも概略説明が行われた。その結果、みんなの党は共同提案に加わる方向だ。ここへきて立て続けに生まれた超党派議連の会合でも議論され、民主党議員の中にも賛同者が増えている。「国会の良識を示す絶好の機会として法案を全会一致で通したい」と塩崎議員は言う。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら