「小沢首相」なら起訴できない検察審査会の欠落部分

 民主党代表選に小沢一郎前幹事長は出馬するのか――。

 かまびすしい議論が続いている。

 8月12日に小沢氏がメールマガジンで「民主党は原点に帰り、『国民の生活が第一』の政策をひとつひとつ実行する」と宣言。これが「前向き発言」と受け止められるかと思えば、13日、岡田外相がテレビ番組の収録で「検察審査会の2度目の結論が出ていない段階で、『首相』になり、審査会が起訴相当、不起訴不当と結論を出すのは考えにくい」と発言、冷水を浴びせかけた。

 今後も、鳩山由紀夫首相が19日に開く軽井沢の研修会に出席した場合の発言、あるいは25日に自らが主催する「小沢一郎政治塾」での講演と、小沢氏の言動は様々に注目されよう。

 それはさておき、指摘したいのは、「岡田発言」にもあった検察審査会の存在である。検察審査会は、昨年5月の法改正で、検察の不起訴処分への不服申し立てを受けて審査、起訴すべきかどうかを決める起訴議決制度を導入した。

 その結果、昨年から今年にかけて、小沢氏の政治団体「陸山会」が、二度にわたって東京地検特捜部の摘発を受け、会計責任者の秘書らは逮捕起訴されたものの、小沢氏本人が不起訴処分だった件について、検察審査会は告発を受けて、審査することになった。

 以降、首相候補でもある小沢氏は、さまざまな点で活動に制約を受けることになった。なかでも04年と05年の政治資金規正法違反を審査する東京第五検察審査会は、4月27日、全員一致で小沢氏の「起訴相当」を議決、刑事被告人となる可能性が出てきたことで、さらにその活動が封じられた。

 半年の任期で交代する一般市民11人が、日本有数の政治家である小沢氏の生殺与奪の権を握った。「起訴相当」を受けた東京地検特捜部の再捜査でも不起訴処分となったため、現在、東京第五検察審査会は再審査に入っている。

 審査は、4月末の議決メンバーを一新して行われており、そのうちの半数が10月末に交代(任期は半年)するので、早ければその時に議決。「起訴相当」の結論が出れば、強制起訴となる。

 だが、小沢氏には検察審査会の「強制起訴」を免れる方法がある。「首相になること」である。憲法第75条はこう定めている。

「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない」

 9月1日に告示、9月14日に行われる民主党代表選は、本人が出ようと出まいと、菅直人首相と小沢氏との戦いである。

 誰が出馬しようと「小沢のダミー」といわれるのなら、小沢氏本人が出馬した方がスッキリする。その場合、鳩山前首相のグループと小沢グループが合体すれば、党内力学から「小沢首相」の誕生もある。

 首相になれば訴追されず、それはそれでたいへんな論議を巻き起こすことになるだろう。

 もともと検察審査会という制度は、「有罪の証拠はあるが、検察官が情状酌量で起訴しなかった」といった事件に対し、被害者や遺族などが訴え、それを審査員が「市民目線」で判断するものだった。

 従って、案件として相応しいのは交通事故や単純な刑事事件で、プロの検事や判事でさえ判断に苦しむ政治資金規正法違反のような微妙な事件を委ね、起訴か不起訴の判断を下させるのには無理がある。しかも、その判断は政局を生む。

 「起訴相当」の議決書には、次のような感情的表現が並んだ。

 「不合理で不自然で信用できない」「執拗な偽装工作」「絶対権力者である被疑者(小沢氏)」・・・。そう書き連ねたうえで、「市民目線からは許し難い」とし、最後に、「これ(起訴)こそが善良な市民の感覚である」と、結ぶのだった。

 「小沢捜査」は、「なんとしてでも小沢を逮捕する!」という強い意欲を持つ捜査現場の特捜部が、「政権党とコトを構えたくない」と考える検察首脳の"圧力"を跳ね返す形で進み、いつものようにマスコミの司法記者会は特捜部を"支援"、小沢氏の金権ぶりを報じて捜査を煽った。

 雑誌ジャーナリズムは、「小沢バッシングは売れるから」という理由で、「反小沢」で記事を作成、実際によく売れた。

 有権者から無作為に選ばれる審査員が、マスコミに左右され、時流に流されることは否定できまい。「裁判員制度も含め、司法への市民参加が『感情司法』を生む」と、いわれるゆえんである。

起訴議決制度の見直しも必要

 もちろん判断が、感情に流されていいはずがない。「法の下の平等」は、「法」に則して裁かれることで、はじめて公平を担保される。だから長い年月をかけ、厳選して法曹三者を育てるのであり、感情に支配されたのでは法治国家と言えない。

 実は小沢氏は、07年分でも不起訴処分を受けて告発され、東京第一検察審査会の審査による最初の議決は「不起訴不当」だった。そのために検察は再捜査、4度目の事情聴取を要請、小沢氏サイドは代表選後を要望、その線で検察は調整している。

 小沢氏に対する好悪は別にして、ここまで政治家を追い詰める起訴議決制度とは何であろうか。プロが不起訴と判断したものを「市民目線」といったところで一週間に一度の審査で、膨大な資料と法律書を読み込んで、冷静な判断を下すのは不可能に近い。結局、結論は感覚、感情によって下される。

 制度に問題があれば、改めることを躊躇すべきではない。国政へのロスがあまりにも多い起訴議決制度は、早急に見直すべきだろう。

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