経済の死角

松木康夫 [財団法人軽井沢会理事長・新赤坂クリニック名誉院長] 攻めの健康法に必要なものは、すべて軽井沢にあります

軽井沢会理事長は"余生の達人"

2010年08月16日(月) セオリー
週刊現代
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〔PHOTO〕大崎 聡(以下同)

 伝統ある「軽井沢会」の理事長を2008年から務めるのは、健康医療の専門家として知られる松木康夫医師だ。

 軽井沢ゆかりの作家や各界トップの主治医を務めてきた松木氏は、"満ち足りた余生"を迎えるための軽井沢式健康法を説く。

軽井沢との縁は、「丹羽学校」のゴルフから始まった

 私が軽井沢に通うようになったのは、35~36年前から。ゴルフ好きで有名だった作家の丹羽文雄さんが主催するゴルフの会、通称「丹羽学校」に参加したのがきっかけでした。

 普段の会場は東京の小金井カントリー倶楽部でしたが、夏だけ軽井沢ゴルフ倶楽部(新ゴルフ場)で夏季学校をやることになったのです。他にも川口松太郎、石坂洋次郎、井上靖、水上勉など錚々たる文士が集まり、私が主治医をしていた柴田錬三郎さんもメンバーでした。

 新ゴルフには東京ゴルフ倶楽部の会員が多かった。私も元々、東京ゴルフに入っていたのですが、丹羽さんと水上勉さんの紹介で、軽井沢ゴルフ倶楽部に入会しました。軽井沢には今もゴルフ場を中心にしたソサエティがあって、夏は毎晩のようにどこかの家でパーティがありますよ。

 当時の私は別荘を持っていなかったので、旧軽井沢の三笠にある丹羽さんの立派な別荘に泊まらせてもらい、綾子夫人には随分お世話になりました。「丹羽温泉」と言われた広いお風呂につかって、いい酒を出してもらい、朝食には「丹羽食」といって山盛りの美味しい野菜が出る。

 軽井沢の野菜の美味しさに目覚めたのもその頃です。そのうちに、「あなたも住みなさいよ」と夫人に勧められて、現在の愛宕の土地を紹介してもらい、別荘を作ったのです。

 当時の軽井沢には、文士がたくさん集まっていた。軽井沢でそうした作家の人たちと親しく付き合ったことがきっかけで、私も医学の啓蒙のために、37冊もの著書を書くことになりました。

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