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黒川光博[虎屋社長]×壬生基博[森アーツセンター副理事長]×犬丸徹郎[帝国ホテル東京副総支配人]
初公開"軽井沢会"をご存じですか

〔PHOTO〕大崎聡

軽井沢には名刺とクーラーはいりません

 別荘族が受け継ぐ正統とは何か。

「軽井沢は避暑地ではなく、観光地になった」と嘆いたのは、白洲次郎に師事した元帝国ホテル社長の犬丸一郎氏。

 だが観光客で賑わう旧軽井沢の中心地には、避暑地の伝統を継ぐ「軽井沢会」がある。

 夏になれば日本の名士が一堂に集まる、知られざる軽井沢コミュニティとは―

日本の名士たちが代々集まる軽井沢の自治組織

 旧軽井沢の中心部にあたる約4000平方メートルの土地に、天皇陛下の「テニスコートの恋」の舞台となった13面のテニスコートと、W・ヴォーリズ設計によるクラブハウス、木造の集会堂など、軽井沢の歴史を語る建築物が集まっている。これらはすべて、財団法人「軽井沢会」の所有になるものだ。

 軽井沢会は、大正5年(1916年)、外国人避暑客を中心に結成された「軽井沢避暑団」を前身とする。別荘族の自治組織として屈指の歴史を持ち、軽井沢の良き伝統と環境を守ろうとする人々によって引き継がれてきた。

 2010年現在の会員は、正会員・家族会員を合わせて1614名。

くろかわ みつひろ1943年、東京生まれ。室町時代後期創業の和菓子舗・虎屋十七代当主。学習院大学法学部卒業。富士銀行(現みずほ銀行)を経て、1991年より㈱虎屋代表取締役社長。 〔PHOTO〕鶴田孝介

 理事には、'08年から理事長に就任した松木康夫・新赤坂クリニック名誉院長をはじめ、虎屋社長・黒川光博氏、徳川宗家当主の徳川恒孝氏、森アーツセンター副理事長・壬生基博氏、麻生財閥の麻生泰氏、鹿島副社長の渥美直紀氏など、まさに日本の名士が名を連ね、会員にも政財界のトップや有名人、文化人が集まる。

 とはいえ決して堅苦しい組織ではなく、"軽井沢を愛する心"のみを共有する会員同士の関係は、家族ぐるみで代々にわたる、きわめて親密なものだという。

 軽井沢会が時代を超えて守り続ける「正統なる軽井沢」の文化とは、そして会員相互の交流とは、いかなるものなのか。

 両親や祖父母の代から軽井沢に通い、同会の歴史に通じる黒川光博氏、壬生基博氏、犬丸徹郎氏の3人に、お話をうかがった。

物心つく前から、毎年夏は軽井沢で過ごすと決まっていた

--まず、皆さんはどのような経緯で軽井沢にいらしたのでしょう。

壬生 私は高校生の頃ですか、南ヶ丘に祖父が以前から持っていた土地に、別荘を建てて通うようになりました。隣接して軽井沢ゴルフ倶楽部の15番ホールがありましたが、今はそこから500mくらい離れたところにおります。

黒川 私も生まれた時には、別荘が南原にありました。ちょっと古い話になりますが、昭和8年に市村今朝蔵さんが南原の土地を分譲して、学者村を作ったのが南原の始まりです。祖父は昭和9年にその土地を譲り受け、別荘を建てたわけです。