個人投資家は要注意! 真夏に背筋を凍らせる「円高リスク」の現実味
為替リスクをあらためてチェックを

 円の為替レートが近年の高値圏で推移している。直近の動きは、基本的には米ドル安であり、米国経済が「異例に不透明」(バーナンキFRB議長)と言われるれる現在、「ある!」と断言できるものではないが、もう一段の円高があってもおかしくない状況だ。

 しかし、為替リスクについては、過去数十年、理論家が考えるよりも、実務家がこれを軽視してきた歴史がある。

 もともと構想段階での変動レート制は、異なる通貨建ての資本市場が為替リスクで分断されて、独立に機能する点がプラス面として強調されてきた。

 たとえば、円とドルの二つの世界があったときに、円の世界の住人は、「円の預金・債券」と「ドルの預金・債券」とを較べるときに、両者の間には大きな為替リスクが存在するので、両者を同等の運用対象として見ることはないだろうと考えられていた。借金でも同様だ。

 従って、ドルの世界の金利や金融政策は、円の世界には影響しないはずだ、という関係が期待されていた。確かに、固定レート制で資本移動を自由にすると、金利差の利を求めて、二つの通貨の間で大きな資金移動が起こることが容易に想像できる。

 また、長期的に二つの世界の間にインフレ率の違いがあるとしても、変動レート制であれば、調整がスムーズに行われる。為替の相場を固定すると、切り上げ・切り下げを狙われやすくなる。

 ところが、変動レート制をやってみると、当初の想定とは少々異なる世界が現れた。為替リスクによる、異なる通貨の資本市場の分断効果が、思っていたほど強力に現れなかったのだ。為替リスクをヘッジしない取引を「アンカバー(の)」と称するが、アンカバーの資本取引が世界的に随分活発に行われており、これが趨勢的に低下するには至らず、むしろ拡大している。

 たとえば、80年代の中盤から後半にかけて、生命保険会社などを中心とする日本の機関投資家は、アンカバーの外債投資を積極的に行った。

 当時、日本の生保は「ザ・生保」などと自称し、世界の資本市場で一時的に大きな存在感を持ったが、彼らは、インカム・ゲイン(利息、配当や分配金の収入)を過度に重視する当時の生保の会計認識の拙さもあって、高金利の外国債券への投資に傾斜して、プラザ合意後の円高局面で、大手では一社で兆円単位の損を記録した。

 投資の理解上の彼らの誤りは、為替リスクの軽視とともに、高金利通貨の見かけ上の利回りをほぼそのまま「期待リターン」だと誤解したことだった。

「外債投資はリスクはあっても期待リターンが高いし、我々はリスクを取る体力がある」というのが当時の彼らの言い分だった。

 しかし、為替市場の成り立ちを考えると、高金利通貨の利回りがそのまま円で実現し続けることは明らかに不自然だ。正しい認識を持つ前に、何兆円も損をしてしまった。

 資本取引の為替リスクは借入にもある。いわゆる「円キャリー取引」とは、日本円で借り入れた資金を為替リスクを取って外貨建て資産に投資する取引だが、サブプライム問題から金融危機に至る時期の前に、ヘッジファンドなどが大規模にこの取引を行っていて、後から大損したことは記憶に新しい。

 現在、我が国では、為替リスクを積極的に取り込んでいるのは個人投資家だ。為替リスクを取ることのすべてが悪いと言いたいわけではないが、将来のリスクヘッジとして気の利いた運用をしている積もりで、漫然と過大な為替リスクを取っている投資家が少なくないように見える。

 為替リスクのヘッジを十分に行える体制で、外国の長期債の利回り投資を狙うというレベルの資金量とスキルを持つ投資家は別だが、外国株に加えて、投信を通すものも含めた外国債券や、外貨預金での運用は、トータルで過大な為替リスクをもたらしている場合がしばしばある。

「将来の日本の財政破綻や円のインフレや備えたヘッジだ」などと言って、痩せ我慢をしているうちに、現実の為替リスクが過大で大損をしてしまった、というような状況に陥らないように運用内容を点検してみて欲しい。

 率直に言って、金融機関は低金利の円建ての商品では実質的な手数料を稼ぎにくい。外貨建ての運用商品を開発するのと共に、顧客に「外貨好き」になって貰うことは金融機関のマーケティング上重要なテーマなのだ。お化け屋敷のお化けの蔭に人間が居てお金を取っているように、為替リスクというお化けの蔭にも金融マンが隠れていることが多い。

 異なる通貨の資本市場の間には大きな「為替リスク」があること、高金利通貨といえども円建ての期待リターンが高いとは限らないこと、国際的な物価の調節が為替レートで行われることがあること(デフレの日本の場合、円高方向に調節が起こる)など、変動相場制の導入時に考えられていた理屈は、理屈自体としては何も変化していない。

 しかしアンカバーで異通貨市場を旅する「過大な勇気を持った資金」の存在が、基本的な理屈を見えにくくしている。

いまの為替レートは不自然な円高ではない

 ただでさえ円高で損をしているときに、「理屈の話」は聞きたくないかも知れないが、この種の話は投資家が損をしているときにしか聞いて貰えない。敢えて基本を確認してみて欲しい。

 株価の推移を見ると、NYダウに対する日経平均の出遅れは、円高と平仄が合っている。日本の企業利益は為替レートの影響を大きく受ける。加えて、外国の株式や外債ファンドに投資している投資家は円高で直接損失を被っているので、日本の投資家にとって、円高は歓迎されざる客だ。また、円高は日本の国際賃金を上げるので、雇用にもマイナスに働くし、デフレを深化させる。

 また、現在の円の為替レートは、JPモルガンが計算している「実質実効レート」を1970年代から見ると、現状はほぼ平均並みの水準で、少なくとも、世界の同情を買うような円高ではない。これは、継続している日本のデフレと世界の物価との差の効果だ。が、可能性として一段の円高が進むことは、意外でも不自然でもない。

 日銀は、小出しの追加緩和策を発表するかも知れないし、菅首相その他に円安誘導を目的とした「口先介入」を求める声もある。しかし、円安のための大規模な為替介入は他の先進国の状況を考えると難しそうだ。2000年代初頭の大規模介入は、日本だけが不況で、欧米経済が好調だったからこそ黙認された。

 日銀による金融緩和は必要だし、その結果円安になることは他国にも容認されるだろうが、今までそれを行わなかった日銀が急に方針を改めるとも思えない。

 それに、そもそも米国が一段の金融緩和とドル安容認を決めた場合に、日本の意思だけで為替レートを円安に保つことは、まず不可能だ。

 変動為替相場の歴史を振り返ると、為替レートの趨勢を決定してきたのは、何といっても米国の意思だった。日本の政府や日銀が何とかしてくれる、との期待は持っても仕方がない。米国の経済とFRBの動向を注視しつつ、円高の可能性に備えるしかない。

 真夏には怪談話が流行るが、もっと円高が進んだら、という想像で、背筋が寒くなる投資家は少なくないだろう。

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