『ケチャップの謎 世界を変えた"ちょっとした発想"』 著者:マルコム・グラッドウェル 翻訳:勝間和代
◎担当編集者よりの紹介◎
『THE NEW YORKER  傑作選1 ケチャップの謎世界を変えた"ちょっとした発想"』
著者:マルコム・グラッドウェル
講談社
定価1470円(税込)
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マルコム・グラッドウェルのコラムの最大の魅力、それは、心理学やマーケティングといったデータを駆使して、世の中の出来事や問題をズバッと斬新な視点によって切り開く、その"視点の面白さ"です。

 本書は、アメリカが誇る雑誌『ニューヨーカー』のエース・コラムニストであるグラッドウェルが、自分の好きな記事を自ら再編集したアンソロジーです。第一巻のテーマはMinor Genius。

 アイデアと先見性とでその後の世界を大きく変えた"小さな世界の天才たち"の物語です。TVショッピングの手法を初めて編み出した実演販売人や、ヘアカラーを世界中に広めた天才女性コピーライターなど、ユニークな人物が多々登場します。

 今回は、「ブラックスワン」で有名なトレーダー、ナシーム・タレブの半生をご紹介します。今でこそ有名なタレブですが、ウォール街では"才能がないトレーダー"として陰口を叩かれることもしばしばでした。

 「いつか必ず破滅的な事態が起こる」可能性に賭け続け、毎日損を出し続ける不思議な投資戦略を実行していたからです。

 しかし、正しかったのはウォール街ではなく、タレブのほうだったのです!

 Minor Genius の奮闘努力を描いた6本の短編集、ぜひご堪能ください!

[第3章] ブローイング・アップ(吹っ飛び)の経済学
ナシーム・タレブが壊滅的損失の不可避性(ブラックスワン)を投資戦略に転換させるまで

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 一九九六年のある日、ウォールストリートのトレーダー、ナシーム・ニコラス・タレブは、ヴィクター・ニーダーホッファーのもとを訪ねた。当時、ニーダーホッファーは全米屈指のファンドマネジャーであり、コネティカット州フェアフィールド郡の一三エーカー(約五・二ヘクタール)もある敷地に暮らし、そこにオフィスも構えていた。

 タレブはその日、ニューヨーク郊外のラーチモントの自宅から車を走らせ、屋敷の正面ゲートで名前を告げ、長く曲がりくねった私道のドライブウェイを進んだ。敷地にはスカッシュやテニスのコート、スイミングプール、そしてアルプスの山小屋を模した巨大な邸宅が建っていた。屋敷の壁は、一八~一九世紀のアメリカのフォークアートで隙間もないほど埋め尽くされていた。

 そのころ、ニーダーホッファーは、億万長者の投機家であるジョージ・ソロスと定期的にテニスを楽しみ、ベストセラー『投機家の教育』(『The Educationofa Speculator』)を刊行したばかりだった。ニューヨーク州生まれの警察官の父、アーティ・ニーダーホッファーに捧げられた本である。屋敷には幅広い蔵書の膨大なコレクションがあり、飽くことを知らぬ知識欲が見てとれた。

 ハーバード大学在学中、ニーダーホッファーは、はじめてスカッシュのラケットを握ったその日から才能を発揮し、「いつか自分はこのスポーツで一番になる」と宣言した。事実、すぐに伝説のチャンピオンと謳われたシャリーフ・カーンを北米オープンの決勝戦で破っている。

 つまりニーダーホッファーとはそのような人物であり、オプション取引という難解な分野におけるタレブの評判を聞きつけて、屋敷に呼び出したのである。タレブは恐れおののいた。

「ニーダーホッファーは無口だった。だから私は彼を観察していたんだ」。タレブが語る。

「オフィスで取引する様子を七時間見ていたんだ。他はみんな二〇代だったが、五〇代のニーダーホッファーがいちばん精力的だった。マーケットが閉まるとテニスコートに出て、バックハンドでボールを延々と打ち続けていた」

 タレブはギリシャ正教を信仰するレバノン人だ。母国語はフランス語。だからタレブが発音すると、"ニーデルホッファー"とわずかにエキゾチックな訛りを帯びる。

「屋敷には何千冊もの蔵書があった。そんな暮らしが子どものころからの私の夢だった」。タレブが続ける。「ニーデルホッファーは騎士であり学者でもあった。私は強烈な敬意を払っていた」。

 ただし、問題がひとつだけあった。そしてそれこそが、その後のタレブが選んだいっぷう変わった人生、および「ウォールストリートの反体制の中心人物」というタレブのポジションを理解するための鍵である。

 ニーダーホッファーに羨望と賞賛の気持ちを抱いていたにもかかわらず、タレブはニーダーホッファーになりたくなかった─当時もいまも、そしてそのあいだのいかなる時点においても、だ。なぜなら、邸宅を、蔵書を、テニスコートを、壁を埋め尽くすフォークアートを見回し、ニーダーホッファーが何年もかかって摑んだ巨万の富のことを考えたとしても、実はそれがまったくの幸運によるものなのではないか、という思いがタレブには棄て切れなかったからである。

 それが異端な考えであることを、タレブは承知していた。